第262回 【 北斎パスポート 】 新・北斎展と奇想の系譜展
2月10日号

  パスポートが変わるそうです。どう変わるのか? 表紙や外観ではなく、中のページ、出入国の時にハンコを押してもらう査証のページが変わるんだそうです。試みに、手許のパスポートを拡げてみてください。筆者のは2016年発行の数次旅券ですが、追記から始まる各ページに、透かし模様の桜の花の上に、ページ数を示す数字が浮き彫り風に印刷されています。この桜と数字の代わりに、葛飾北斎の『富嶽三十六景』から二十四景が全ページに展開されるとのことです。
 日本のパスポートは世界190か国にビザ無しでは入れる最強のパスポートだそうです。いわば全世界の旅行者がうらやむ特別なもの。それに世界じゅうで人気の北斎が登場するわけですから、まさに日本人の誇りのパスポートと言うべきでしょう。
 砕ける波の向こうに小さな富士を描いた、「神奈川沖浪裏」ももちろん登場します。あまりにも有名な、浪が砕ける1萬分の1秒の瞬間の描写。高速シャッターのカメラも無かった時代、北斎の目はどんな構造になっていたのか、不思議です。
 ここでちょっと疑問。各景の左上を見てください。タイトルの横のサイン。くずし字ですが「為一筆」とあります。作者は為一?  さらによく見ると「北斎 改 為一筆」と読めます。
 北斎は、生涯に主なものだけで6回、画名を変えています。1778年、19歳でデビューしたときは「勝川春朗」。26歳で「群馬亭」、五代目団十郎などを描きました。「俵屋宗理」の時代を経て、45歳で名乗った「葛飾北斎」はわずか5年間に過ぎず、『北斎漫画』を出版した時は「戴斗」でした。そして、61歳、「為一」として最盛期を迎えます。それからが凄い。74歳から「画狂老人卍」となり、「百数十歳まで努力をして、自らの画風を完成させたい」と述べて、そのとおり研鑽するのです。さらに89歳で出版した絵手本の中で、「90歳で画風を改め、100歳以降は絵画の世界の改革を目指す」と記しました。が、まもなく死の床に就いて、「あと5年の命を保てれば、ほんとうの絵描きになれただろう」と吃りながら没したという。(「新・北斎展」カタログより)
 北斎が生きた時代は、第10代将軍・徳川家治のもとで、江戸の人口は約130万、隆盛を極め、江戸独特の庶民文化が醸成されようとしていました。いっぽう、田沼意次の悪政は、不正、収賄が横行した腐敗の時代でもあった、といわれます。われわれの現代に似ているかも知れませんね。
 ところで、北斎の同時代のほかの画家たちは何を描いていたのでしょうか。伊藤若冲、長沢芦雪、蘇我蕭白、歌川国芳、岩佐又兵衛、狩野山雪に、鈴木其一と白隠慧鶴を加えた「奇想の系譜」展では、奇想天外、意表を突く魑魅魍魎、怪奇な世界を見ることができます。これは江戸文化の裏面か、それとも真髄か。
 さて、新・年号が決まった後の連休は、海外へ出発の航空便はもう満席で増便も追いつかず、キャンセル待ちの状態とか。北斎パスポートをかざして、いざ、世界へテイクオフ! といきたいところですが……。
 

【新・北斎展】森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)3月24日まで。(2月19、20日、3月5日休館)
観覧料1600円、大学・高校生1300円、小中学生600円。

【奇想の系譜展】東京都美術館(東京・上野公園内)4月7日まで。(毎月曜と2月12日休室、ただし2月11日と4月1日の月曜は開室)。
観覧料1600円、大学・専門学校生1300円、高校生800円、65才以上1000円。中学生以下無料。
*両展のセット券 2800円もあり。問い合わせは いずれもtel:03-5777-8066

写真上 北斎改為一筆「富嶽三十六景―神奈川沖浪裏」
写真下 白隠慧鶴「達磨図」

オリンパスOM-D E-M1 MaekU M.zuiko Digital 12-100 mm F4

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