第260回 【 伝説の 輝く夏 ふたたび 】
12月10日号

  「私は今から半世紀前に『夏』の日本初演、アンダーグラウンド蝎座公演に関わりました。アートシアターの旗手で演劇・映画のプロデューサー葛井欣士郎氏に弟子入りし、アシスタントをしていました。21歳でした」。通し稽古の小休止のわずかな時間、佐藤正隆さんは早口でしかし静かに話し始めた。
 半世紀まえの1968年は、旧秩序への疑問がマグマとなって一斉に噴出した年だ。
 カウンター・カルチャ―は新宿を中心に渦巻き、その渦の中心はアートシアター新宿文化劇場と蝎座だった。アートシアターからは美輪明宏や清水邦夫や蜷川幸雄が巣立った。蝎座で『夏』が初日を迎えたのは1968年1月20日。
「幕を開ければ連日売り切れ満員、3ヶ月の大ロングランの興奮した日々が続きました。加賀まりこさんが客席 80 の小劇場出演という話題と、ニコラ・バタイユ氏の演出が評判を呼び、川端康成氏なども来場されました」。
 当時の加賀まりこさんは、「オンディーヌ」で演劇デビューし、大成功をおさめていたが、浅利慶太氏は「夏」のパンフレットに次のような一文を寄せている。
 「(前略)恐いもの知らずの新人が、未知の世界にとび込み、魅力のありったけを拡げてみせたのが「オンディーヌ」の舞台である。それから先、本ものの女優になるかどうかが今後のかの女の冒険である。今度の仕事はそのスタート・ラインになる。魅力的な、我儘な、気まぐれな才能が女優の次の季節をどうこなすか、楽しみな事である。」
 余談になるが、後年、雑誌のインタビューで、「加賀さんの代表作はオンディーヌですよね」、と念を押されたとき、彼女は「いいえ、『夏』です」と答えた。記者が、どんな芝居ですか、と問うと、「詳しいことは佐藤さんに聞くといいわ」といったとか。
 劇団雲などで経験を積み、30歳で独り立ちし、『死と乙女』('98年度湯浅芳子賞)、『リタの教育』『スカイライト』(2002 年度朝日舞台芸術賞)など小劇場公演のロングランで成功したのは、「小空間をセリフが乱反射して飛び交う『夏』の華々しいイメージが身体の中にあったからだと思います。」と振りかえる佐藤さんだが、同時に、「いつかは『夏』を上演したいと、これはずーっと頭にありましたが、踏み切れませんでした」。
 『夏』は佐藤さんの中で、お化けのような伝説、一種のトラウマになってしまっていたのだ。
 しかし、今年新たに立ちあげた「佐藤正隆シアター・カンパニー第1回公演として、
「不条理演劇が真っ盛りの当時とは違う、新たな時代を映すオリジナルな『夏』作りに挑戦します。」
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 あるペンションの庭。人生に希望を抱く少女ロレットと、未来に不安を抱いて話ができない弟。そこに住むおしゃべりな猫2匹。夏の日々が、夜と昼の時間が庭を過ぎていく……。
『夏』の物語が自然でおいしい風となって、黒ずくめの舞台に吹いてくる。かすかな土の匂い。田舎の優しい時間がAI時代の都会の若者を包んで行く……。
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 2018年が早くも終わろうとしている。強すぎる嵐に何度も襲われた今年だった。
 来る年には輝かしい夏の光が溢れますように。
 

【夏】同人会アトリエ(世田谷区経堂1-27-9)12月16日まで
観劇料4000円 学生3000円 お問い合わせ03-3470-0750、080-3919-2414まで。

写真上 ヴァンガルテン作大間知靖子訳『夏』の舞台稽古から
写真中 企画・演出の佐藤正隆さん
写真下 1968年、蝎座の初演パンフレットの写真。加賀まりさんと山口崇さん。(「青春1968」(彩流社版)より)。

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