第245回 【たいまつを放さない人の手をたいまつが焼く】
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《心を制することは楽しい》です。
何か嬉しいことがあった時、はやる心を抑えて過ごすひとときは確かに楽しい。とおもいながら解説書を読むと、意外に、シャカが出家して、南に向かったときの事が書かれています。マカダ国の王・ビンビサーラが、自分の家臣にならないか、大臣にして領地も与えよう、と申し出ましたが、シャカは、「地位や財産を求める生き方こそ憂いの元であることを知って出家したのです。いまは欲望の心を抑える道を行くことを楽しんでいます。」といわれた、その文言でした。(出典「ウダーナヴァルガ」、中村元訳『ブッダの言葉』(岩波文庫)より)
自分の解釈の浅はかさを知るばかり。応募された方はどのように解釈し、どのようにイメージを作られたのか、審査されているのは審査員の方ではないか?
《たいまつを放さない人の手を たいまつが焼く》これを読んでまず頭に浮かぶのは、オリンピックの聖火リレーですね。
次に、たいまつを掲げ先頭に立って活動し、成功を収めた者がいつまでもその栄誉を放さないでいると、自身がやけどを負う。そういうことか、なるほど。・・・・自分の解釈に納得しながら解説を見ると、・・・・・違うんですね。そこには、・・・・・
シャカが象頭山の頂上で弟子たちに説いた話が記されています。「すべてが燃えている。それはどういう意味か。人々の眼は燃えている。耳も燃えている。鼻も、舌も、身も、意(心)も燃えている。その対象に向かって、貪欲の炎を上げて燃えている。怒りと憎しみに燃え、愚痴の炎をあげている。」(増谷文雄訳『この人を見よ』(現代教養文庫・社会思想社)より抜粋)
シャカは、人間の持っている感覚器官、眼(視覚)、耳(聴覚)、鼻(臭覚)、舌(味覚)、身(触覚)、意(心)の6つをあげ、それらすべての認識作用の根本にうごめいているのが燃えさかる煩悩である。と説いたのだそうです。そして、貪欲と瞋恚(しんに=怒りと憎しみ)、愚痴を三毒の煩悩とし、炎にたとえたのだそうです。
振り返って現代の様相は、強欲な資本のもとで不正がまかり通り、政治は腐敗、社会には不満が積もり、風紀は乱れ、不倫が流行し、まるで神が火と硫黄を降らして滅ぼしたソドムとゴモラのようです。
昨年審査した2018年のカレンダーは、東京築地本願寺と宇治の平等院での展示発表会を経て、印刷見本も出来ています。
毎朝カレンダーをめくり、仏教の言葉の鋭さと深さにおどろきと反省が入り混じる審査員長です。(1部200円+税で、どなたでも申し込むことが出来るそうです。)
公益財団法人・仏教伝道協会は、「仏教聖典」を世界62カ国語に翻訳、ホテルの客室に寄贈している。
オリンパスOM-D E-M1-MaekU M.zuiko Digital 14-42mm F3.5-5.6
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