第230回 【優雅の極みvsゲスの極み 源氏物語を京ことばで語る山下智子さん】
6月10日号
 ワイドショーの定番といえば、あいも変わらず不倫スキャンダルだ。視聴率が取れるのだろう、先ごろはゲスの極みとかCMタレントとか、国会議員とかが登場してひときわ賑やかだったようだ。
 が、不倫といえばこちらが本家、源氏物語の光源氏であろう。姿が良く教養も深く、身分も縁故も強烈、お金は使い放題のスーパースター。典雅の極み、スケールの桁も10ぐらい違う。何しろ源氏の君は正妻・葵上をもちながら、時の帝の寵妃・藤壺と密通、男の子(のちの冷泉帝)が生まれる。その間にも、空蝉、軒端萩、夕顔、六条御息所、末摘花、朧月夜、花散里という美女たちと次々、または同時に通じつつ、若紫を育て、明石の君と結婚・・・。世の男性、羨ましい限りでしょう。
 しかし、高貴も下司も変わらないのは、恋の喜びと苦悩、嫉妬、憎悪、離別の悲哀、そしてスキャンダルである。
 源氏は、40才ごろ14才の女三の宮と結婚したが、女三の宮は柏木と密通して不義の子を産む。その子・薫を抱く源氏に、人の世のあわれを感じないではいられない。ゲスの極みとの違いはこのあたりかも知れない。
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「いずれの御時にか 女御更衣あまたさぶらいたまいける中に・・・」
 源氏物語の冒頭の1節を国語の時間に暗記させられた方も多いだろう。
 与謝野晶子や谷崎潤一郎や名だたる文豪たちが、工夫を凝らしてそれぞれの時代の現代語訳に取り組んだ。
 最近の林望訳では「さて、もう昔のこと、あれはどの帝の御代であったか・・・。宮中には女後とか更衣とかいう位の妃が・・・」と、だいぶ分かりやすい。
 これを京ことばで語るとどうなるか。中井和子・京ことば源氏物語では、「どの天子さんの御代のことでござりましたやろか、女御や更衣が大勢待っといやしたなかに・・・・」急に、しなやかで鮮やかなリアルティを帯びてくる。
 もともと源氏物語は読むものではなく、女房(高位の女官)が姫たちに読んで聴かせたものだという。千年前の女たちも、不倫の話は大好きだったらしい。平成の私たちも、女房の読む物語を間近にきいてみたい。
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 山下智子さんは京都の生まれ。仲代達矢の無名塾の出身で、舞台やTVで10年に一人の逸材といわれ、スターへの階段を上り始めたとき、突然、消えた。病気だったらしいが、才媛はいつまでも隠されてはいない。
 彼女が源氏物語五十四帖を京ことばで語りはじめて、もう十年になる。
「物語の底に流れる〈もののあわれ〉をくみ取っていただけることを願います」。自ら「今女房」を名乗る山下智子さんのことばだ。

【隔月連続公演・京ことば源氏物語・三十七帖「横笛」】
6月18日(土)、19日(日) 午後3時より、明大前キッド・アイラック・アートホールにて 2500円(予約2000円)
tel:03−3322−5564

写真 苦悶の表情も美しく、女房語り・山下智子さん。
オリンパスOM-D EM-1 ズイコーデジタル12-60ミリ

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