第229回 【 みんなが五月病になるとき 】
5月10日号
 かなり以前から、五月病は東京大学生しかかからない病気だと思っていた。
 度の強い眼鏡をずり上げ、勉強勉強また勉強。黒いズボンに白いシャツ、姿勢が悪く猫背で歩く。スポーツはだめ、映画も見ない。女の子にあまりもてない。――これは筆者のコンプレックス的偏見かも知れないが――、ついに日本一難しい大学に入って、卑屈なほどの勉強から解放された、あとは無事卒業さえすれば、まず官僚となり、事務次官から政治家、大臣になるか、なれなければ天くだり、という出世コースを手に入れて一ヶ月、爽やかな五月を迎えるころに、なぜか不安な気分に襲われる。まず不眠。常に疲労感があり、やる気が出てこない。その分、焦る。食欲もなくなる。落ち込む。これが五月病だそうである。
oooo
 4月の年度替わりは大学生だけではない。近年はむしろ社会人の方が、五月病にかかりやすいのだという。新入社員だけではなく、一般会社員にとっても環境が変わるのは4月である。まず転勤・転属。自分は変わらなくても上司や部下が替わる。取引先の転勤転属もある。親しい担当者も、受付の美人もいなくなる。
 毎日が不安定でストレスがたまるころに、ゴールデンウイークに入る。本来なら絶好のリフレッシュの期間だが、なぜか休み明けに、さあ頑張ろうという気が起こらない。気分が重く、何かに追われるようでイライラする。身体がだるく、何もしないのに疲れる。一日じゅう眠い。眠いが眠れない。口が渇く。酒量が増える。異性への関心がなくなる。会社に行きたくない。さらに動悸、めまい。これが6月までつづくようだと、うつ病と診断される。――読者の皆さんにそんな経験がなければいいのだが・・・・。
 今年の5月病には熊本の大地震が重なった。4月14日、マグネチュード6.5震度7の前震から5月6日までの3週間、16日のマグネチュード7.3震度7の本震を含んで、震度5弱以上の地震は18回。震度1以上は1200回以上を観測というから、実に1時間に3回近く強い揺れが続いていることになる。原発も揺れているのだ。不安と緊張、神経も身体もおかしくならないはずがない。
 まもなく1か月になろうとしているが、避難者は1万6357人。苛立ちは消えない。加えて、三菱自動車の燃費不正事件、賃金カット。経済は円高株安。これでは国民すべて五5月病になってしまう。
 五月病は、おそらく大病の前の警告だと思う。精神と肉体を新鮮で美しい姿に戻さなければならぬ。五月の薫風が止んでしまう前に。

オリンパスペン EP-1 ズイコーデジタル14−42 ミリ

close
mail ishiguro kenji