第228回 【 町のカフェとホールとかかりつけの本屋さん 】
4月10日号
 コミュニティには劇場(ホール)と本屋さんが必要だ。この2つがなければ町でも村でもない、ただの雑居・雑踏だ、と思う。
 ヨーロッパでは、教会が巡礼の人々のために酒が飲める場所を作った。土地の人も来て情報交換の場となり、やがて人々が寄り合う居酒屋となった。カフェやビストロの始まりといわれる。イギリスのパブは、パブリック・コミュニケーション・センターのことだという。
 やがてパブよりもう少し大勢の人が集まるホールができ、集会を開くようになった。週末にはコンサート会場となって音楽を聴く、劇場として芝居を観る。
 いま、情報はスマホやTVから絶え間なく流れてくるが、いかにも薄く軽い。新聞も同じ、速報性すらない。情報を深く知ろうとすれば、仕事の行き帰りに本屋へ立ち寄ることになる。疑問を抱えた時もアイデアを広げるときも、職場で負った心の傷のケア、孤独からの解放を求めて、自然にドアを押す。
 町の本屋さんは、地域のかかりつけの医院に似ている。そこでたいていの用は足りる。
 難病や専門的な医療機器が必要な時には大病院がある。本も、専門的な本なら図書館へ行けばいい。
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 今年2月5日、全国で300法人、800店の本屋さんと取引していた取次店・太洋社が、自主廃業に向けて準備に入ったことを取引関係に通知した。
 首都圏に9店舗を持つ芳林堂書店には、突然、新刊本・雑誌が来なくなった。代わりの取次店と交渉をはじめたが、結局、2月26日に自己破産を申し立てることになった。負債は20億7500万円という。
 芳林堂のほかにも全国で16軒の本屋さんが閉店に追い込まれた(3月15日現在)。いずれも町のかかりつけの本屋さんだ。1部には再開店の本屋さんもあるというが…。
 ちょうどこの騒動のど真ん中、2月19日に、芳林堂・高田の馬場店で、筆者の写真集「不思議の国」の出版を巡ってトークショーの予定が組んであった。版元の彩流社では、お知らせのチラシもすでに配り終えていたが、会場が閉鎖では土壇場で中止するより仕方なかった。
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 書籍、雑誌の売り上げは1996年に2兆6563億円あったが、2015年には1兆6000億円にまで落ちた。2015年の出版社の倒産は38件、2年連続で前年を上回った。同年6月には取り次ぎ業界第4位の栗田出版販売が破綻した。
 本屋さんが1軒もない空白地域が増えている。が、この激しい流れを横目に見ながら、しかも小舟で、源流を目指して開店する本屋さんもある。
 辻山良雄さんは大学を出て大手書店のリブロへ就職した。もちろん本が好きで、とりわけ本のある風景が好きだった。広島・福岡などで勤務、池袋店を最後に、昨年、独立を決めた。
 地元の人が行き交う場所、並木があってぽつんと店がある。そこには、地域の生活になくてはならない本と、自分で選んだ本が6対4で、1万冊、よどみなく並んでいる。真摯に丁寧に作られている本、見るだけで沸き立つようなオーラがある本……。
 そんなイメージの舞台になる民家を荻窪に見つけて、3ヶ月かけて改造した。店の奥にはカウンター付きの8席のカフェ。2階には小さなギャラリー。本と本のある場所として完璧の風景だ。しかも、イベントを催すときは、店中央の本棚を寄せて、30席ほどのホールが出現する!
 「本屋title荻窪」は、今年1月10日に開店した。たちまち話題になって、本好き人が遠くからもわざわざ訪ねてくる。全国から見学に来る人も多い。
 1度流れたトークショーは、版元の担当者の努力もあり、この本屋さんで実現することになった。
 壇の上で2人で話すのではなく、客席と一つになって写真について話し合う、町の居酒屋ふうに盛り上がればいいな、と思う。

写真 店主の辻山良雄さんは、朝日新聞の書評欄で、週替わりで文庫本の新刊を紹介している。

オリンパスペン EP-1 ズイコーデジタル14−42

本屋title荻窪 杉並区桃井1ー5ー2 tel:03ー6884ー2894
4月21日19時30より  '不思議の国'を巡ってトーショー 石黒健治 X 日本カメラ編集長前田利昭さん
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