第223回 秋深く 隣のビルは 傾くか
11月10日号
ox ピサの斜塔 ox
 マンション杭打ち手抜きの責任者は、非正規社員だったという。建物の基礎を固める責任の重い仕事をしながら、正規社員との報酬の格差に疑問を持っていても不思議ではない。真面目に仕事に取り組む気がしなかったのかも知れない。
 それとも、縛られることを嫌う気ままな夢想家だったのだろうか。彼はかつてイタリアへ旅行したことがあり、ピサの斜塔を見学して、いたく感動した。そして、都会に林立するビルがみな斜めにそそり立つ風景を夢想したのかも知れない…、と空想してしまう。
 事実は、元請け下請け孫請け、さらにひ孫請けのあたりになると予算も工事期間もないないづくし、という構造にあることは誰でも知っている。

ox ハロウイン ox
 もともとは収穫を祝うケルト人の宗教行事だが、アメリカでは仮装した子供たちが裕福な家を回ってキャンデイなどをもらう風習にさま変わりをした。それを日本ではさらに単なるお祭り騒ぎとして定着しつつある。
 子供たちが家々を回ってお菓子をもらう風習は、日本にも昔からある。西木正明さんの「がもう戦記」には、秋田の悪ガキが、お菓子ではなく現金をせびる話が出てくる。
 10月31日の夜、渋谷駅前の交差点のあたりは、押し合いへし合いの満員電車並み。キャンデイもらいに歩くはずの若い男女が、なにがしかの仮装、化粧を施し、ただうろうろ。気になるのはみな一様にニタニタした笑いを浮かべていることだ。悪びれているのか、自信がないのか。そして、特に目立つ仮装に出会うと、いっしょに写真を、とねだって自撮り棒につけたスマホをかざす。目立つ仮装者はスター気取りだ。
 日本のハロウインはこのように定着するのだろうか。バレンタインデーを超える1100億円の経済効果があるのだという。

ox 神は細部に宿る ox
 渋谷駅前の喧噪が少し和らぐほどのところ、東急Bunkamura ザ・ミュージアムで、「風景画の誕生」展が開かれている。(12月7日まで)オーストリア・ハプスブルグ家のコレクションを多く収蔵するウイーン美術史美術館所蔵の作品から約70点を展覧している。 タイトルから風景画の展示かと思うと、そうではない。聖書や神話の物語から季節の営みを描いた畳1枚ほどの大きな作品の一部に、手のひらほどの絵が書き込まれていて、眼を近づけてみると、それは市場の物売りなど、いきいきした生活の風俗画なのだ。格差はどの時代にもあったが、17世紀のヨーロッパの庶民の暮らしは今より豊かだったのではないか、と思ってしまうのだ。


写真(大) 渋谷のハロウイン。
写真(小) 「風景画の誕生」展から、作品の部分。

オリンパスオリンパスOM-D EM-1 M.ズイコーデジタル12−60 ミリ


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