第204回 非言語(ノンバーバル)コミニケーション 手話演劇の真実
4月10日号
  聾者たちによる演劇のことを聞いたとき、最初に頭に浮かんだのは「そりゃ、無理だろう」だった。今ではこの考えを恥じるのだが、佐村河内氏のゴースト作曲事件のこともあったから、大方の読者も最初の反応は同じようなものではないだろうか。
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 筆者は、かつて全盲の人たちの作る彫刻を撮影したことがある。ねん土を手で捏ねたものだが、盲者だからこその触覚の鋭敏さ、官能的な造型に驚いた。
 盲者は触覚と聴覚が鋭敏で、ピアニストの辻井伸行さんなど成功した演奏家も多い。同じように、聾者は視覚が発達して、絵画やイラストに才能を発揮していることも知っていた。しかし演劇は音楽・音響もあり、何よりセリフがある。単純に考えれば、無理だ。
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 「里亜王」の稽古場を訪ねた。
 清冽な空気が張り詰めている。大勢が出演し、立ち回りもある芝居だが、静かだ。かといって息苦しいわけではない。あちこちで音もなく笑顔が爆発しいる。明らかに普通の稽古場とは違う。
「里亜王」は、シェークスピアの4大悲劇をもとに庄崎隆志さんが脚本を書き、演出する。リア王を演じるのは(加藤裕)健聴者だが、コーデリアと道化役(大橋ひろえ)は聾者である。会話は声なき聾者の手話と健聴者の音声付きの手話のやりとりである。手の動きが舞踊のように優美だ。(普通の芝居のへたくそな役者の所作に取り入れてほしいくらいだ。)
 演出とともにエドガー役も演じる庄崎さんは、聾演劇界のキムタクとも唐十郎ともいわれる。52歳。聾学校と普通の小学校で、口唇の動きで言葉を聞き、口を動かして言葉にする口話を学習した。横浜ボートシアターで演劇を学び、人形劇のデフ・パペットシアターひとみ座の代表として活動した。現在、俳優として1年に70カ所で演じるほか、ノン・バーバルコミニケーションを全国の普通の学校で教える。いま、キレやすい小・中・高校生には、身振りや表情で伝える非言語コミニケーションが必要だ、と庄崎さんはいう。
 「里亜王」で、コーデリアと道化とオズワルドの声を担当する岩崎聡子さんは、全日本ろうあ連盟創立60周年記念の映画「ゆずり葉」で、主人公の青年(庄崎さん)につきそう手話通訳の役を務めた。
 岩崎さんは「聾者のコミニケーションは優しさから入っていくんです。聾者は視野が広く、静かで正直です。けい古でも、声が聞こえないはずなのに、今のは違う、と指摘する。唇の動きはもちろん表情からも声を判断して、指摘は正確です」という。
 「目が見えていたときはよく躓いたものだ。人間、あるものに頼れば隙が生じる。失えばかえってそれが強みになるものだ。」リア王に殉じたグロスター伯爵のセリフである。

写真 「里亜王」の稽古。左端が脚本・演出の庄崎隆志さん。

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★「里亜王」 4月25日(金)〜28日(月) アサヒ・アートスペース 墨田区吾妻橋1−23−1 スーパードライホール4F
一般4,000円(前売り3500円) 学生3000円(前売り2500円)
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