第182回 百貨店の存在感とこれから 「暮らしと美術と島屋」展
 −素朴な鑑賞報告−

5月10日号
  サブタイトルは、「世田美が百貨店のフタを開けてみた。」である。島屋の宣伝部からの提案だった、と世田谷美術館の酒井忠康館長はレセプションの挨拶で明かした。そして「人の価値は棺をおいて定まる、を思い浮かべて、フタよりトビラが適当ではないかと尋ねると、いや、それは百貨店という巨大な玉手箱のフタを開けてみる、の意味だといわれて納得した」。
 では、開けてみよう。まさに開けてびっくり、まづ美術作品の名品がぞくぞく出てくる。横山大観、小林古径、川端龍子、東山魁夷、小杉放菴、河合玉堂、鏑木清方、富岡鉄齊、小倉遊亀、堂本印象、棟方志功、速水御舟・・・、陶芸は河合ェ次郎、宮本憲吉、濱田庄司・・・。素朴な鑑賞者の筆者でも1度や2度はきいたことのある名前とともに、あとからあとから・・・とても書ききれない。
 これらは、大阪の島屋資料館の中から選ばれたものだという。並の美術館ではとても揃えられない作品がなぜ島屋に?
 島屋は創業180年、美術部創設100年を迎えた。これらの作品は作家たちが島屋で開催した作品展の売れ残りなのか? 百貨店は売るのが商売なのに、高価な名作ほど売れ残ったのか? 素朴で下品な疑問だが・・・。
 答えは館長の挨拶の中にあった。最近亡くなった山口昌男先生の著作『「敗者」の精神史』に「文化装置としての百貨店」という言葉が出てくるのだという。図書館へ行って読んでみた。NHKの「プロジェクトX」の明治版のような本だが、その中に、「生成期の百貨店は、(中略)都市的感性の組織者として機能し、新しい文化メッセージの発信者であった。」さらに「巨大な文化の要塞」であり、「近代に於けるカルチャーセンターの祖型」だとも述べられている。
「創世記の三越の重役室は、(中略)政府の高官、将軍、俳優、画家、芸妓、学者とあらゆる名士が出入りし、外国の要人、名流夫人、令嬢なども、これらの人々をブレーンとして、芸術文化的な広報活動のスタイルを打ち立てようとしていた。」
 山口先生の調査と論考は、三越をモデルに行われている。島屋は、呉服店を発祥とする百貨店の中では後発の方だが、「文化装置としての百貨店」としては三越と双璧をなしていたと思われる。
 三越に負けじと、島屋も当時の人気歌人の与謝野晶子にポスターの文を書かせたり、(今なら村上春樹さんに宣伝コピーを依頼するようなものか)キモノの新柄を選ぶ百選会の選者に配し、流行色を発表させたりした。さらに、東郷青児や藤田嗣治に水着のデザインやポスターを依頼するなど、辣腕の総合文化プロデューサー振りだったのだ。
 島屋は高名な画家の下絵をもとに、最高の染織技術をふるった壁掛けなどを、パリ万博ほか海外に向けて積極的に出品した。日英博覧会では自前のパビリオンまで作った。国内では出版部が雑誌を発行し、単行本も出版した。タカシマヤ・レコードを発売した時期もある。
 1920年代、東京店の広告部長だった川勝堅一は、個展のために上京した河合ェ次郎と深い友情で結ばれた。川勝は河合の作品を多く買い取り、河合は最良の作を川勝に譲った。これらは京都国立近代美術館に寄贈され、425点 の川勝コレクションとして所蔵されている。
 また、毛利家、井伊家など大名家由来の能装束を、散逸を防ぐために、染織の参考品として約300領購入した。そのうちの20領が玉川島屋で関連展として展示されている。圧巻の展観である。美術鑑賞としては、世田谷美術館よりも玉川の方が堪能できる。
 最近は高級品が売れているというが、百貨店の売上げは毎年落ちている。一方、webを含む国内の通信販売は前年の9%増で、5兆900億円に達した(11年度)。
 山口教授は書いている。現在の百貨店は「時代遅れのマンモス的空間になりはてている。いろいろな出店の寄せ集めと化している。」
 百貨店にあってwebにないもの、それは総合文化プロデュースの実績だろう。
 日本橋に重要文化財指定の店舗を持つ島屋が、自信を持って新しい文化メッセージの発信者になることを望まないではいられない。




写真(大) 中央はキモノ大阪春期展覧会ポスター。原画は北野恒富、文を与謝野晶子が担当している。1929年。
写真(小上) 世田谷美術館・エントランス。
写真(小中) 洋画の名品が並ぶ。正面は岡田三郎助《支那絹の前》
写真(小下) 島屋・百選会の名品。(後半期は展示替え)

オリンパス OM-D E-M5 M.ズイコーデジタル 12〜50ミリ



★「暮らしと美術と島屋」展 世田谷区砧公園 世田谷美術館03−5777−8600 
観覧料1.000円 大生800円 中小生500円 6月30日(日)まで

★「島屋資料館が語る 日本美術の輝き」展 玉川島屋S・C 西館アレーナホール03-3709-2222 
入場無料 5月12日(日)まで

★「美の競演 京都画壇と神坂雪佳〜100年の時を超えて〜」展 日本橋島屋03−3211−4111 
有料 5月29日(水)〜6月10日(月)

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