第177回 孤独と歓喜の交叉 「エル・グレコ展」素朴な鑑賞報告
2月25日号
  上野公園内・都美術館で、「エル・グレコ展」が開かれている。
 エル・グレコとはいったい何者か。「グレコ」はスペイン語でギリシャ人のことであり、エルは男性につけるスペイン語の定冠詞だそうである。「ギリシャさん」「ギリシャのおっさん」というところか。本名はドメニコス・テオトコプーロス。舌がもつれそうだから愛称で呼ぶようになったのか。それにしても「ギリシャのおっさん」とは乱暴なような気がする。当のグレコは自分の絵のサインには本名を使った。
 エル・グレコは1614年、当時ヴェネチャ領だったクレタ島に生まれた。画家となった25歳のころ、占領国のヴェネチャに渡り、ヴェネチャ・ルネッサンス方式の絵画を学んだ。いわば占領下の日本から、いち早くアメリカへ渡って向こうの新技術を手に入れる、目先のきいた人に似ている。
 ヴェネチャからローマへとすすみ、イタリア絵画の技術を身につけたグレコは、当時、隆盛だったスペインへ向かう。今も昔も、人は景気のいいところへ集まるのだ。
 スペインでの初仕事は、大聖堂からの注文で「聖衣剥奪」を描くことだった。イエス・キリストが十字架にかけられる直前に兵士たちから衣服を剥ぎ取られ、紫の服を着せられ、茨の冠をかぶせられ、唾を吐きかけられる、そういうシーンである。聖書の1節の表現だが、今見ていると、キリスト教に縁のない筆者の胸も異常なざわめきに襲われる。
 グレコ最高の傑作といわれるこの作品に、当時の教会はとんでもない言いがかりを付けて画料を値切ろうとする。イエスより高い位置に群衆を描いたこと、画面左下の3人のマリアを描いたことは、
イエスを冒涜するものだ、というのである。3人のマリアは、聖母マリアとマグダラのマリア、小ヤコブの母だというが、それがなぜ冒涜に当たるのか、筆者には分からない。グレコは裁判で争うが、結局、3分の1の報酬を受け入れたという。
 グレコの描く肖像画には、すべて、孤独で根源的な寂しさが潜んでいる。しかし、復活を遂げたイエスを描くとき、それはギリシャ・ヘレニズムの青年のように若々しく逞しい。聖母マリアはどこまでも美しく、マグダラのマリアは、女性の魅力を濃厚に漂わせている。
 グレコは、地中海の小さな島に生まれ、イタリア、スペインとさまよい、「ギリシャさん」と呼ばれ、よそ者として、称賛と差別を同時に受けていたと想像がつく。そして、挫折と希望、歓喜と絶望、栄光と孤独が交叉する生涯ではなかったか。
 キリスト教にも宗教画にも無知な筆者の、素朴な「エル・グレコ展」鑑賞報告です。


写真(上) 無原罪のお宿り 高さ3メートル47センチの大作。教会 の祭壇の見上げる位置に飾られたので、極端に背丈を伸ばして描かれている。
写真(下左) トレド タホ川に囲まれた旧市街は、世界遺産に登録されている
写真(下右) ナビゲーター・森口瑶子さん



●エル・グレコ展 東京都美術館・企画展示室(台東区上野公園内)
 開室時間9:30〜17:30 月曜休室 観覧料 一般1600円 学生1300円 高校生800円65歳以上1000円 4月7日まで

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