第175回 再生の希望を 天まで運べ 秋田・上桧木内村 紙風船上げ
1月25日号
  直径1メートルほどもある大きな紙袋を逆さにし、タオルに灯油をしみこませたタンポに火を付けて、中の空気を暖める。紙袋はふくらみ始め、紙風船となる。炎の明かりで、書かれた美人画や願いごとが姿を現す。定番の五穀豊穣や家内安全、合格祈願に混じって、東日本災害からの復興の願い、絆、愛・・・。切ない庶民の願いが映し出される。
 ころ合いを見て、風船を押さえていた手をそっと離す。風船は静かに、エンジンの響きもなく炎のはじける音もなく、実に静かに、すいーっと上がっていく。歓声とどよめきが起こる。ありったけの希望を乗せた、紙風船の船出だ。
 気温マイナス10度。暗い空から粉雪が舞い降りている。それに逆らいもせず、時には風にあおられ、揺らめきながら、意外なスピードで昇りつづけ、やがて闇の空へ消えていく。
 果たして希望は天に届くのだろうか。
 紙風船は、1773年、銅山開発の技術指導に訪れた当時の科学者、平賀源内が熱気球の原理を教えたと伝えられている。秋田内陸線・上桧木内駅から30分ほどの阿仁合は、当時人口3万を超える賑わいだったというから、そんなことがあったやも知れぬ。が、熱気球の原理は知らなくても、紙風船に願いを込める行事は、タイでも韓国でもアジアには大昔からあったのである。
 村では2ヶ月前から、8つの集落が競って紙風船作りを始める。高さ2メートルから3メートル。大きなものは10メートルを超す。合計100〜150個。
 毎年2月10日、上桧木内駅から雪道を7分。打ち上げ会場には早くから(昼の打ち上げもある)各集落や関係企業のテントが張られ、酒盛りが始まる。ビール、日本酒に混じって濁り酒。これが驚くほどうまい。
 突然話が飛ぶが、先月、まったく別件で秋田から来られた方とランチをとる機会があった。レストランで、まず水のサービス。一口飲んで、「これは何ですか? 」と怪訝な顔。「水でしょう」「いや違います。変な味がします。匂いもです」「東京の水は世界的に良いと言われていて、ペットボトルに詰めて売っているほどですけど」「秋田では売れませんね」。これにはぎゃふんだった。そして1年前に、紙風船が次々上がっていく幻想的な夜空を見ながら呑んだ濁り酒を思い出したのだった。
 つまり、この旨さは、安全だ、添加物が入っていない、などのレベルではない。水の格が違うのである。(通称どぶろく特区の濁り酒は、内陸線・阿仁マタギ駅近くの「マタギの湯」で買うことができる。空瓶持参のこと)。一つ、筆者自身の苦い体験からの重要なご注意を。濁り酒は思いのほか強い、くれぐれも控えめに。


写真(上) 午後7時、願いごとを書いた紙風船が一斉に打ち上げられる。(2012年2月撮影)風船を自分で上げたい人は、保存会に申し込むこと。1つ5万円から。
写真(下) 紙風船会館



●上桧内紙風船上げ 秋田県仙北市西木町紙風船広場(秋田内陸線上桧木内駅徒歩5分・当日は臨時ダイヤ6往復を増便)
2月10日
・15時会場オープン ・15時30分ふるさと芸能(民 謡手踊りなど)
・18時一斉打ち上げ ・19時願いごと書き紙風船一斉打ち上げ ・20時30分最終打ち上げ
●問い合わせ先 仙北市観光課 0187−43−3352

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