第162回 「ママ、ボクを殺さないで」 ―いのちを守れば少子化問題は解消する―
7月10日号
  舞台中央で、若い女性と医師が話している。
「妊娠、3ヶ月ですね」
「堕ろしてください」
「相手の方は?」
「彼に相談したら、堕ろせって・・・産みたいって言ったらもう電話にも出ない・・・」
「では、手術室へ」
 産科の医師のところに来るのは、懐妊を喜ぶ女性だけではない。出産を望まない女性も次々とやってくる。人工中絶で生命を奪われた生命は届けられただけで1年間に30万。実情は10倍。日本人の死亡原因第1位のガンを超えるとも言われている。
 人工中絶は産科の医師にとって重要な収入源だった。石巻市で産婦人科を開業していた菊田昇医師もその1人だ。しかし、7ヶ月の胎児の中絶をきっかけに、苦悩と葛藤の日を送ることになる。これは殺人だ、と。クリスチャンだった静江夫人の影響もあり、牧師で「小さないのちを守る会」の辻岡健象師との出会いもあった。
 舞台には会社が倒産して夫が逃げてしまった主婦が登場する。菊田医師は、中絶をやめて、産むように説得を始める。辻岡氏も登場して、男に捨てられた女性や生活苦で育てられない女性にも「産んでください。子供がほしい夫婦もいます。喜んで育ててくれます」と説得する。
 しかし問題もある。生まれた子は戸籍上「婚外子」となり、将来に影響が出る。貰い親が産んだことにするためには、ニセの出産証明書を書くことになる。捨て子の場合はもっと複雑だ。警察に届ける義務があり、届ければ2年間は施設で暮らさなければならない。これを避けて実子斡旋をすれば、いくつもの法律を犯すことになる。
 菊田医師は、新聞に「赤ちゃん斡旋」の広告を出し、新聞のインタビューを受けて全国的な時の人になるが、当時の厚生省から出生証明書偽造などを理由に、優生(現在は母体)保護指定医認定を取消された。菊田医師は中絶問題を広く訴えるために、処分の取り消しを求めて厚生省を告訴した。
「赤ちゃんの命を救って母親を助けるんやで、菊田先生が負けるはずがない」
 しかし、1988年、最高裁は菊田医師の訴えを棄却した。
 舞台は、目隠しのままレイプされて黒い赤ちゃんを産む女子高生と恋人の高校生の感動のエピソードとともに、菊田医師がマザー・テレサに次いで「世界生命賞」を受賞したことを伝える。
 脚本の高畠さんは、現代の演劇はもっと社会的なテーマを持つべきだとの思いで書いたという。「中絶された命は、生まれてくる赤ちゃんよりも多いんです。子供を安心して産み育てる環境さえ作れば、少子化問題など消えてなくなります」。演出は内藤誠氏、照明は鳥山健二氏、音楽はピアノ・吉田恵さん、ソプラノ・エステルあきこさんなどベテランをそろえ、俳優は個性派を抜擢した。全員がボランティアでの参加だという。

★「ママ、ボクを殺さないで」いのちの掲示板・うりずんの風友の会プロデュース 7月13日(金)14日(土)御茶ノ水クリスチャンセンター・チャペル(8F)2000円



写真(下) 前列左から 演出・内藤誠さん、脚本・高畠久さん、制作・斉藤佳雄さん、と個性派の俳優たち。

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