第149回 混沌の生命力・アジアの美 「百段階段」と「源氏物語」
12月10日号
  ユニークなホテル・宴会場として知られた目黒雅叙園。一言でいえば豪華絢爛、悪くいえば時代離れの装飾過多で見る者を圧倒する。
 われわれが現在エレガンスとかシックとか呼んで親しんでいるのは、色数を制限したドレス、装飾を拒否したクールなレストランやデザイナーズ・ホテルであろう。その対極の目黒雅叙園に「百段階段」があり、映画「源氏物語」の衣装を展覧していると聞いて、いままでなら見たいとも思わなかったはずなのに、急に出かけてしまった。自分でも不思議だった。
 目黒雅叙園は誰でも知っているが百段階段はあまり知られていない。階段というより、怪談に通じそうなネーミング。そこを舞台に、いま話題の源氏物語をどう見せようというのか。怖いもの見たさの気分も正直あった。職業的な好奇心が働いたことも確かだ。
 しかし結論からいえばもっと単純なこと、デザイナーによるシンプル・モダンな現在の一般的な美の基準に、倦きがきていたのだ。ドレスが優しさを失い、レストランもホテルも冷たく事務的になり過ぎたことへの反動だろうか。多分3・11以後何かが変わったのだ。
 いま、世界の関心はアジアに向かってる。アジアの美への関心も高まっている。整然と秩序だったヨーロッパ的シンフォニーの世界に対し、アジア的美とは、混沌と無秩序、生命力溢れるヘトロフォニー的世界のことであろう。
 昭和初期に浴場経営や不動産業を営んでいた細川力蔵氏が、目黒に本格的な中華料理と日本料理の目黒雅叙園を開き、特徴のある建物を次々建てた。百段階段もその一つで、現存する唯一の木造建築だという。
 目黒雅叙園本館の正面玄関を入って左、黒漆と螺鈿細工のエレベーターで3階へ。目黒の傾斜地を這うように、階段を10数段登るごとに部屋があり、各部屋には画家の名前を冠して、たとえば「清方の間」などが7つ。当時の人気画家に自由気ままに描かせたらしく、ふすま、壁、天井、欄間や柱にまで、びっしりと花鳥画などが描き込まれている。いずれも宴会場として使っていたというが、自然の歓喜、美女の競演が四方からこれでもかと押し寄せてくれば、酔いもたちまち夢幻の境地に誘われてしまいそうだ。
 さて、源氏物語である。約千年前に書かれた日本最古の物語は、日本人の美意識の根源を明らかにするといっても良いと思われる。紫式部が描く世界もまた、絢爛豪華、目を奪う色いり乱れて、人間的魅力あふれる男女が混沌の物語を紡いでいく。千年の謎は次回で。


■百段階段x源氏物語展
会場:目黒雅叙園内「百段階段」 東京都目黒区下目黒1-8-1
11月26日〜2012年1月15日、10:00時〜18:00(入館は17:30)
入場料¥1,500 問い合わせ:Tel 03-5434-3140

写真(上) 東京都指定有形文化財「百段階段」実際には99段、未完成の美学という。木造で、3月の地震でもほとんど被害はなかった。
写真(下) 光源氏の衣装

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