第142回 韓流演劇NOW
8月25日号
   韓流ドラマが人気だそうだ。分かりやすく美男美女ぞろいで画面もきれいだからか。オン・エアのあまりの多さに、ある有名女優の夫などが、TV局を非難して問題になった。
 今回ご紹介するのはTVドラマとは違う、韓国のニナガワといわれるイ・ユンテク(李潤澤)率いる演戯団ゴリペだ。
 ユンテク氏は、1952年プサン生まれ。詩人として出発し文化ゲリラと呼ばれた。1986年、演戯団を旗揚げし、プサン近郊のミリャン(密陽)の小学校の廃校を改造して演劇村を作り、創作劇や海外の古典、現代劇をレパートリーに活動している。ソウルとプサンに3つの劇場を持ち、毎年主催する「夏密陽国際演劇祭」には世界中から2万5千人が集まるという。劇団員は約60人。ドヨ(陶窯)の創作スタジオで共同生活を送っている。
 劇場を持ち、団員は全員が給料制というところなどは、ニナガワというより劇団四季のアサリ的だと思うのだが、今回の日本公演を企画したタイニィアリスの代表で、元園田女子大学教授の西村博子さんは、やんちゃなところが唐十郎的だという。
 むやみに日本の誰々というのは失礼だ。今度の公演ジャン・ジュネ作『女中たち』で、日本語バージョンの女中クレールを演じる岩崎聡子さんに聞いた。「昨年の10月、ユンテクさんのワークショップを受け、目からうろこが落ちて、今年1月からドヨのスタジオで共同生活を送ってきました。毎日13時間、ボクシングジム的稽古場でした(笑)」。「つらい苦しいけれど、日本でアルバイトしながらチケットを売って夜に稽古の現状に比べたら楽しい毎日でした」というのはソランジュ役の荒川貴代さんだ。マダム役の日下範子さんも「一日全部が芝居漬けで、贅沢な時間でした」という。
 目からうろこはどう落ちたのか、聞いてみた。分かりやすく言えば、呼吸法=発声法のことらしい。日本の新劇の絶叫シーンなど、何を言っているのか分からないことが多いが、言われてみれば、この劇では大量の台詞を早口で語られるが、よく聞き取れて意味も分かる。当たり前のことなのだが・・・・。
 来日中のイ・ユンテク氏に聞いた。「演戯団ゴリペの俳優は、今までとは逆の、原始時代の息へ変えていきます。鳩尾(みぞおち)を開放して、丹田呼吸。こうして息を自分の体内に止め、己を世界の中心に位置させるのです」。ゴリペの呼吸は単なる発声法のことだけではなかったのだ。
「私がめざすのは『グッ』を舞台で上演することです。『グッ』は巫女が行う祭儀的な行為で、韓国演劇の出発点です。巫女は日常的な人間ではありません。俳優の俳の字は人に非ずと書きますが、俳優は日常的な人間ではいけないという意味です。演劇村で共同生活をしているのは、僧侶がお寺で生活をしていることと共通しています。個人的な欲望や野望以前に、昔、巫女が担っていた魂の救済と現実の浄化という神聖な義務を担うのです」。
 日本でも韓国でも、演劇の源流から遠く離れて、形式的なくすぐり芝居が横行しているのが現状だ。
 ユンテク氏の演劇論は宗教的で難しいが、実際の舞台はよく訓練された演技で元気いっぱい、庶民的で快活で感動的、上質の楽しみが満ちている。

 
写真(上) 「女中たち」日本バージョンの舞台稽古(新宿タイニイ・アリスにて)
写真(中) インテク氏の右は日本バージョン。左が日韓ミックスバージョンの出演者たち。
写真(下) 日韓ミックスバージョンの演出中の イ・ユンテク氏

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