第131回 「すべての写真は〈遺影〉である」
2月25日号
   「明日は写真屋さんが来るとなると、前の日に子供たちは床屋へ行かされた。当日は朝早く起き−−別に、早起きしなくてもいいのだが、興奮して寝ていられないのである。・・・」向田邦子さんのエッセイ『記念写真』の1節だ。
 写真屋さんは、人生の節目に出会う不思議な使者、ちょうどクリスマスのサンタクロースのような、ハレの日にはなくてはならない存在だった。まず何よりも結婚式、子供が誕生すればお宮参り、七五三、入学式、卒業式。長生きすれば還暦、喜寿の祝い。そして、告別式。
 全国の写真屋さんで作る日本写真館協会のポートレートの写真展が新宿西口・都民広場で行われた。タイトルは[明るい遺影写真展−家族に残すこの1枚−]。全国すべての都道府県の写真館が出展していて、450点プラス学生からの公募40展を加えて490点。壮観である。  写真館と言えば、誰もが1度や2度はお世話になっている。館主は人間を撮る専門家である。よく言われることだが、写真のあらゆる分野のうち、人間の写真ほど難しいものはない。それだけに面白味もあるのだが、最近はプライバシーの問題とか、人とのつきあいが億劫とかいろいろ文句をつけて人物写真を避ける傾向が強い。1億総ケイタイ写真の時代なのに、である。
 筆者もカメラマンの端くれとして、これではいけないと思うと同時に、毎日人間を相手に撮影している写真屋さんに1目置く気持ちがあった。というのは、カメラの前で緊張している人たちをどうやって短時間のうちにリラックスさせて、ハレの日にふさわしい表情を演出するのか、興味をもっていたのである。
 この機会に日本写真館協会・広報部長の石引督規さんにいろいろ聞いた。石引さんは、茨城県取手市の写真館の2代目である。
「ここ10年で、撮り方はずいぶん変わりました。デジタルがきっかけで、照明が昔のように大げさなものが必要なくなったこともありますが、一般の人がケイタイなどで撮り始めて、より自然な写真を望むようになったと思います」
 そういえば、向田さんが「表が黒で裏地が真っ赤の布をかぶり」、「銀色の玉子焼器のようなものを高く掲げ、ポンと鳴って白い煙が出る」と言う風景は見られなくなった。カメラも大型の物々しいカメラは使われなくなった。
「ほとんどデジカメに変わりました。変わったのは、写される方も凄い変わりようです。七五三などカメラの前で現代の夫婦・親子関係が如実に展開されますから(笑)」
 さて、最後は告別式に飾る遺影である。
「いま、遺品の整理のことが話題になっていますが、自分で遺影を決めている人は余りいません。その時が来て、慌てて遺族が、スナップ写真の表情がよいからと、持ってこられる。確かにいいのだが、背景に他の人や売店の看板がある。それを修正で消すと、張りぼてのようになってしまいます」だから、ちゃんとした写真を撮っておこうというキャンペーンだ、と了解した。
 どんな写真がいいのだろうか。
 故人はどんな人だった? ときかれたとき、祭壇の写真を示して、こんな人だった、といえるような写真が理想かも知れない。
 向田さんのエッセイの書き出しは、「写真は撮るのもむつしいが、撮られるのはもっとむつしい」である。因みに、向田さんが亡くなって分かったこと、彼女には秘密に愛する人がいて、その人はカメラマンだった。

写真 「明るい遺影写真展」会場で語る、写真館協会石引広報部長。(新宿西口 都民広場で)大阪に次いで、福岡展は2月27日まで福岡ソラリアプラザ「ゼファ」にて

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