第115回 ブブゼラだけじゃない アフリカの音を聴きに行く
6月25日号
  「僕は、アフリカ・セネガルのゴレ島から来ました。ゴレ島、ダカールからすぐ近い小さな島、奴隷の島・・・」穴の開いた黒い木箱を抱え、穴の縁に突き出た金属のバネのようなものをつま弾きながら、ジャラマ、ジャラーマ・・・と歌い終えたラティール・シーさんはとても上手な日本語で語り始めた。ジャラマは、ありがとうの意だという。
「この楽器はボンゴマといいます。もっと倍くらい大きいものもある。この絵は奴隷の家、奴隷の収容所、この真ん中の穴が入り口で、ここへ入ったら終わり、もう出てこれない」
 あっさりと説明を終わり、太鼓のジェンベを引き寄せて叩きはじめた。話が簡単なのはわけがあった。満員の、といっても14,5人でいっぱいの小さなレストランの客たちは、2,3の新参者を除いてみなラティール・シーさんをよく知っている常連、ということらしい。
 ラティールさんはパーカッショニスト、ボーカリストとして10代のころから活躍、1995年に来日してからも、2002年のサッカーワールドカップの開催式典などで演奏、 2005年には「愛・地球博」にも参加した。日立やホンダのCMの音楽を制作する一方、能の大鼓の大倉正之助さんや狂言の野村万乃丞さんとの共演など、民族音楽・古典芸能とのコラボレーションにも積極的だ。
「ボンゴマの木箱は自分で作った。絵は友達に描いて貰ったよ」ラティールさんは金属のバネを調節しながら、当たり前のように言う。
 ボンゴマは、箱に明けた穴に向かって弁を振動させて音を作る。バイオリンやギターは弦だが、原理は同じだろう。親指ピアノのムラビも、太鼓のジェンベも、奴隷に売られるほど貧しい人たちが、身の回りにある材木や廃材で、自分で作った楽器だ。バイオリンやピアノのように洗練された音ではないが、ボンゴマのベーンベンとざわめく音も、ジェンベの強くて澄んだ高音、低音も、叫ぶようなボーカルを乗せてまっすぐ内蔵に食い込んで来る。内蔵だけではない、繰り返すリズムに精神もトランス状態になってくる。
 客のほとんどは女性で、アフリカビールやヤシ酒を飲みながら、陶酔状態だ。
 音楽は元々こういうものだったのだ、と思う。
 サッカー・ワールドカップで、中国製ブブゼラ(昔は牛の角で作った)の音がうるさく、不眠症になるとか、監督の指示が聞こえないとか不評だが、スタジアムを一種異様な興奮に誘っていることも確かだ。
 ゴレ島は、1978年に負の世界遺産として登録された。いまは、アフリカ屈指の観光地で、ラティールさんが案内するツアーも組まれている。

写真 自作の楽器ボンゴマを弾きながら「ジャラマ(ありがとう)」を唄うラティール・シーさん(吉祥寺・レストラン「アフリカ大陸」にて)
■ラティール・シーさんのライブ予定
 7月19日 スターパインズカフェ(吉祥寺 0422-23-2251)
 7月30日 アフリカ大陸(吉祥寺0442-49-7302)

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