第108回 日本と韓国A チャンムグの誓いと高麗人蔘
2月25日号
   急に韓国へ行くことになったのは、仕事で朝鮮人参について調べているうちに「韓国では新型インフルエンザの発生以来、高麗人蔘の売れゆきが例年の1.5倍に達した」というニュースに接したからでした。ソウルなら九州へ行くこととあまり変わりない、ちょっと取材に、ののりでした。(実際はちょっとたいへんでしたが)
 まずはニュースの源の韓国人蔘公社をたずねました。巨大な高層ビルへ入っていくと、大きな待合室。たばこの匂いがして、あちこちで煙が上がっています。禁煙席を探しても、ありません。韓国はたばこ天国か? 実はこの建物は、韓国煙草公社のビルでもあったのです。1998年に専売制が廃止されて民営化されるまでは、人蔘もたばこも、大韓民国財務部に属する「韓国煙草人蔘公社」が扱う政府の専売品でした。
「韓国でもリーマンショック以来景気は良くありませんが、健康食品、とりわけ高麗人蔘は伸びています」海外事業部の金容範さんは、達者な日本語でニュースを肯定しました。 「日本では、がんに効くとかいう怪しげな健康食品も多く出回っていますが、人蔘がインフルエンザに効くというのはほんとうですか」
「食薬庁は、高麗人蔘が免疫力に優れ、血行の増進、記憶力の増進に薬効があると発表しました」
「食薬庁ですか?」
 人蔘の効き目よりも、食薬庁に驚きました。日本なら厚生労働省のなかにあって、健康機能食品を所轄しているとのこと。
 日本は西洋医学の国なので、食薬同源の発想が遅れているのでしょう。それどころか、薬事法で、健康食品が「何かに効く」と言う表現は許されず、有名人に「どうしてそんなに若いのっていわれます」などと言わせている。ますます訳がわからなくなっているのが現状です。
 金さんに教わって、薬令市場と竜頭市場へ行きました。横浜の中華街よりは小さいが、立派な門を構えた通りに、ありとあらゆる韓方薬の材料の店が並んでいます。高麗人参はもちろん、鹿の角や乾燥したほほずき、木屑を集めたとしかとしか思えないもの。さすが食薬同源の国です。
 通りを一つ隔てた竜頭市場は、築地の場外のようなソウルの台所です。熱を下げる梨も、元気をつけるニンニクも山積みです。高麗人参もここでは2,3年ものを中心に庶民が買える価格で売っています。
 ソウルのパワーに圧倒されながら歩き回っていましたが、場内の一隅に賑やかな屋台を見つけ、マイナス6℃の寒気と疲れがいっぺんに出て、思わず倒れ込むように入ってしまいました。女将さんが、うかがうように見てコップの水を出してくれます。冷たくもなく、熱くもなく、微妙な温度です。ふとTVドラマ「チャングムの誓い」で、幼いチャングムが、師のハンサングンに「水も器に盛れば料理になる」と教られていたことを思い出しました。「飲む人のからだと心の状態を察して、お出しするのです」。女将の水がもし冷たかったら、気持ちは引き締まっても疲れは深まったかも知れません。熱かったら、ほっとして休息モードなってしまったかも知れません。思わず「オモニ・・・、カムサハムニダ」と言っていました。知っている韓国語のすべてです。相客がいっせいに笑いかけてきました。「韓国語をしゃべったよ」と面白がっていたのだと思います。
 女官から医女になったチャングムは、王が体力も気力も失ったとき、必ず朝鮮人蔘を食事と薬に調合していました。韓国で57%の視聴率を稼ぎ、日本でも大人気だったこのTVドラマの主役を演じたイ・ヨンエさんは、2005年から2年間、人参公社の海外向けキャラクターを務めていて、日本訪問の時は金さんもいっしょだったそうです。

写真(上)ソウルの台所・竜頭市場の屋台
写真(中)薬かんと薬摺り器の彫刻を両脇に据えた門をくぐって薬令市場へ。
写真(下)竜頭市場では、手頃な値段の高麗人参も並んでいる。

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