第101回 キレイと美しい 青春・朱夏・白秋・玄冬 それぞれの美
11月10日号
   ここに1枚の写真がある。日活撮影所で、1961年の撮影である。南田洋子は、若尾文子と競演した「十代の性典」(1953年・大映)がヒットし、日活に移って「太陽の季節」が大ヒットとなり、共演の長門裕之とともに人気絶頂だった。この撮影のあと2人は結婚した。後年物議をかもした長門の著書「洋子へ−長門裕之の愛の落書き集」によれば、2年間の同棲のあとだったことになる。南田28才、長門27才、青春の極みにいた。
 「キレイなおねえさんは好きですか?」というコマーシャルがあったが、この頃の映画で南田のしなやかな肢体を見た人は、このCMを思い出すだろう。女性ばかりではない、長門もきれいだったし、隣にいる弟の津川雅彦は特別だ。
 それから40数年後、われわれがTVで見たのは、認知症の南田と彼女を介護する長門だった。たちまち多数の抗議がテレビ局に殺到した。「美人女優で名声を博した往年の大スターの無残な姿を、本人の許可なく勝手にさらしていいものか」を基本に、「長門の売名行動だ」、「長門が売るものがなくなってバーゲンセールをやっている」など、長門の過去の女性関係もおまけについて、非難が相ついだ。このあたりの詮索は週刊誌やスポーツ紙におまかせしよう。
 75才の認知症の南田洋子の映像を見ていて、感じたのは、「確かに無残かも知れない。しかし、それほど醜くはない、いや、むしろ美しい」ということだった。「十代の性典」の若さ、「太陽の季節」の輝きは失っているが、しわに刻まれた顔からは深い美しさが感じられるではないか。変な連想かも知れないが、思い出すのは、中国残留孤児たちが一時帰国したときに、TVのニュースを見た若いギャルが「あんな醜いものを見たくない」とこれもTVでコメントしていた。それを見たときは、ひどい怒りと悲しみを味わったものだった。
 美とは何か。醜とは何か。何を美しいといい、何に顔を背けるのか。
 美を求め、表現するはずのカメラマンとしては、今さらこんなことを述べるのはなんとも情けない話しだが・・・。
 〈美しい〉を辞書で引くと〈キレイなこと〉、〈きれい〉を引くと〈美しいこと〉と出てくるが、この2つはだいぶ違うような気がしてならない。勝手な解釈だが、〈キレイ〉は、整頓された、掃除が行き届いたとか、常識を踏まえたイメージがあるが、〈美しい〉には逆に常識を越えた、究めた、を感じさせる。この世ならぬ美しさ、とはいうが、この世のものとは思えないキレイさ、とは言わない。
 さらに詳しい辞書によれば、〈美しい〉には〈清らな〉の意があるという。〈キレイ〉は表面的、〈美しい〉は内面的な表現なのだろうか。「美しい人生」は真摯に生きた生涯を思わせるが、「キレイな人生」は要領よくスマートに過ごした一生、といったら言い過ぎか。  中国残留孤児たちはキレイではないが、その目は清らで美しかった。認知症の南田さんには子供に戻ったような無邪気さがあって、美しく感じさせたのかも知れない。
 青春・朱夏・白秋・玄冬、という言葉を知ったのは、五木寛之さんのエッセイからだった。春のもばえのような10代〜20代はまだ尻が青い。夏の陽が朱く燃えるような30~40代は、仕事を通じて社会的な存在になっていく。白秋はそのあと60代後半まで。そして人生は玄(暗い)冬を迎える。後期高齢者となるわけである。
 それぞれの〈キレイ〉と〈美しさ〉がある。キレイに暮らすか、美しく生きるか、それぞれである。

写真 旧日活撮影所にて 1961年撮影。左から長門裕之、南田洋子、右は津川雅彦。「太陽の季節」(1965年)の大ヒットで、人気絶頂のころだった。このあと2人は結婚した。

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