第87回 バオバブの木は語る 自然と人間の千年の共生
3月25日号
写真家で、記録映画の監督でもある本橋成一さんが、バオバブの木をはじめて見たのは、35年前の1973年だった。アフリカのツァボ国立公園で、5,6頭の象が巨大なバオバブの木を牙で砕いて食べていたのだ。マサイの長老が、いままでこんな光景は見たことがない、とつぶやいた。その年は10数年ぶりの干ばつだった。バオバブの幹は大量の水を含み、大きな木ではドラム缶20-30本にもなるという。象は水のありかを知っていたのだ。(映画「バオバブの記憶」のパンフレットより)
「砂漠から人里へ入ると、いつもバオバブがあり、共に暮らす人たちがいた。」本橋さんは、バオバブと共生する人々の姿に人間の本来の暮らしのあり方を見て、いつか映画に撮りたい、と思ってきた。
ロケ地に選ばれたのは、西アフリカのセネガルの首都ダカールから車で2時間のトゥーバ・トゥール村。30人を超える大家族の1員、12才の少年とバオバブを主人公として映画は始まる。
 バオバブの樹齢は5千年ともいわれる。正確に計測された現在の記録では、樹齢1010年、幹の直径は4.6メートル。縦横高さ30メートルの温室があれば日本でも育つ。
 バオバブには、100近くもの用途があるという。「樹皮は屋根材やロープとして、果実の殻は食器や楽器に利用され、種子はジュースになり、食用油になる。葉は乾燥し粉にしてスープなどに入れる。すべてが薬になり、たいていの病気はバオバブで治せる。」
バオバブは、大地の許しを得て芽を出すといわれる。種子はバルブ質の種衣に包まれている。このバルブ質には糖が40%含まれ、甘酸っぱい。
「乾季が終わる5,6月には、どの木よりも早くみずみずしい若葉をつけ、ずっと葉ものを口にしていなかった人や動物にとって、貴重なビタミンとなる」。
 バオバブは聖なる神木でもある。盲目の92才の祈祷師は、バオバブの魂と交信し、そのメッセージを伝えて悩みや病気を治す。(いずれも写真展のコメントから)
 映画は、そんなバオバブと共に生きる人たちの姿を、本橋監督独特のゆっくりしたリズムで静かに見せてくれる。ガチャガチャとうるさいアメリカ映画を見慣れた人は戸惑うかもしれないが、やがて、本橋時計が自分の体内で動き始めることに気づくだろう。
「村では、どんなに邪魔になろうと、バオバブを切り倒すことはしない。」
 しかし、本橋さんが見たものは、ブルトーザーの横で許しのお伺いをたてている祈祷師の姿だった。「いま中国の援助で道路がどんどん造られているが、どうしてもバオバブにどいてもらわなきゃいけないとき」、許しを得て開発が進められているのだという。
何千年、何万年と続いてきた地球の営みの速度を、人間だけが極端に早めてしまった異常さを、本橋さんは教えてくれる。しかし、文明に慣れたぼくたちは、あこがれとは別に、もうバオバブの村の暮らしには戻れないことも知らされてしまうのだ。  試写会では、上映が終わると静かな長い拍手が続いた。

写真 試写会は満員だった。(広尾のJCII地球広場のホールにて)
写真(小)倒木から育ったバオバブの写真の前で、本橋成一さん。(ミツムラ・アート・プラザの写真展で)

映画「「バオバブの記憶」は、渋谷シアター・イメージフォーラム、ポレポレ東中野で上映中。写真展は、大崎のミツムラ・アート・プラザで開催中。写真集は平凡社より発売中。問い合わせはポレポレタイムス社(tel:03−3227−1405)まで

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