第81回 ボロ市にて
12月25日号
 Nさんは、1ヶ月近く滞在したペルーから帰国したばかりでした。テレビのニュースを聞いて、いきなり「ああ小泉さんもとうとう逮捕か。竹中さんは?」と大声を出しました。数秒後には、名前は小泉でも厚労省の元事務次官らを殺害した小泉毅のことだと気づいて、頭をかきながら苦笑い。しかし「ペルーでは元大統領の藤森さんが拘留されているし、タイではタクシン元首相が亡命中。一国の最高権力者、特に大きな仕事をした権力者ほど、弾劾や追放は珍しい出来事ではない」といいます。
 Nさんは某大手企業の海外現地法人の社長をタイで2年、アメリカで2年務め、定年で退職してからは、下手な(?)絵を描きながら、地元の地域振興のボランティア活動をしています。今度の旅行も、ペルーからの出稼ぎ労働者に関するものでした。
Nさんは、タイではヘッジファンドの侵入で起こった経済危機を経験しています。ニューヨークの9・11テロの時はアメリカにいました。仕事上はそれぞれの国で成功しながら定年を機にさっさとやめたのは、繊細でちょっと女性的な感性のNさんにとって、最先端のビジネス社会が厳し過ぎたのかもしれません。
そんなNさんと、ボロ市に出かけました。バス停で言えば世田谷駅前から上町の間に750店。2日で30万の人が繰り出すとか。昨年に比べて古いものを売る店が多くなった気もしますが、人の波にのみ込まれて、ゆっくり品物を見ることもできません。ボロ市の中でも老舗の骨董屋のおじさんがぶつぶつ言っています。「ああ不景気だ、売れない、こんなに売れないのは初めてだ。おい、そこのおネエさん、幸せそうに笑ってんじゃないよ」最後は物騒な八つ当たりというか捨て台詞というか。
Nさんは、リマの下町のマーケットでも似たようなシーンに出会った、といいます。
 あの〈金融工学〉には〈カジノ的サギ〉ってルビをふってもらいたい。小泉さんがブッシュさんに革ジャンを貰ってキャッチボールをしている間に、格差が大きくなっていった。小泉さんも、「格差があってなぜ悪い」って言ったのはまずかったなあ。
 この冬には3万人が職と住まいを失うという。アメリカでは失業者を軍隊に入れて戦争しているからいいが、日本憲法は戦争禁止だし。
 資本主義がだめだからといって、社会主義はとっくに崩壊してしまった、どうすればいいの? Nさんの考えは、「平等主義」というものでした。職も住も賃金もシェアしてできるだけ平等に。日本中の部長以上のボーナスと役員報酬を集めれば、3万人ぐらいどうにかなりそうだ。住まいがなければ、社長の別荘とか、豪邸の玄関にでも何人かずつ寝かせてあげればいいじゃないか。
 人間は〈死の前にはみな平等〉だから、というのですが、死さえも格差がある世の中になってしまった気もします。

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今年の顔はどんな顔でしたか。ボロ市にて。
毎年12月と1月にそれぞれ2日ずつ、世田谷区世田谷1丁目付近の通称ボロ市通りを中心に開かれる。ボロ市の始まりは約430年の昔に開かれた楽市にさかのぼる。農家の作業着の繕いや草鞋に編み込むボロが安く売られるようになって、ボロ市と呼ばれるようになった。(パンフレットより)東京都無形民俗文化財に指定されている。新年は1月15日(木)16日(金)に開催。問い合わせは せたがやボロ市保存会03-3439-1108 世田谷総合支所地域振興会03-5432-3333まで

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