第76回 緒形拳さん、永遠に。
10月10日号
 映画『11’9”01/セプテンバーイレブン』は、フランスのプロデューサーが、2001年に起きたニューヨーク・ワールドトレードセンターほかの爆破テロをテーマに、世界の11カ国の映画監督に、それぞれ11分9秒と1コマの短編を依頼して作られたオムニバス映画である。日本からは今村昌平監督が選ばれて『おとなしい日本人』を制作した。
 先の戦争の終わりのころ、負傷して帰ってきた兵士が蛇になってしまう話しなのだが、わずか11分9秒の短編に、長編並の時間と精力をつぎ込んで作られた。スタッフはもちろん、俳優も今村組のメンバーが全員はせ参じた。主役は田口トモロウ、麻生久美子、倍賞智恵子、柄本明、市原悦子、丹波哲郎と並ぶと、どんな大作も恐れをなすといいたい豪華さ。役所広司さんは、お茶汲みの老婆に扮して、まさか役所さんとはだれも気がつかなかったと思う。セリフは、ない。緒形さんは村人の一人で、セリフはたった一言。映画のラストで「聖戦なんてありはしない」とつぶやくのが目立つ程度だ。
 映画は2002年9月11日に公開されて絶賛を浴びたが、これが今村監督の最後の作品になってしまった。当然ながら、今村映画の中の緒形さんもこれが最後である。
 制作開始は2002年春。顔合わせを兼ねた衣装調べの席で、緒形さんは日ごろの精彩がなかった。映画の中に出てくるつい立てに漢詩の文字を書く役目もあったが、音無しげで、字も弱々しかった。緒形さんの肝炎の発病が8年前で、徐々に癌に移行したなどと聞くと、今ごろになって、胸騒ぎがするのである。
緒形さんが今村作品にデビューするのは、『復讐するは我にあり』だった。(このことは、昨年10月の本欄に書いた。)その後『楢山節考』は、カンヌ映画祭でグラン・プリを取ったことはみなさんご存じの通りだ。緒形さんは、そのあとの今村作品にほとんど出ていない。
訃報を伝えるテレビの司会者が、「『復讐するは我にあり』は怖かった。『楢山節考』は悲しかった」と絶句するのを聞いて、この2つの作品に主演した緒形さんは、幸せだったと思う。横にいた筆者も幸運だった。

写真左「復讐するは我にあり」のころの緒形さん。
写真右「楢山節考」のロケ地、小谷の山の村で。

ライカ M−4 ズミルックス50ミリ F1.4
ハッセルブラッド プラナー120ミリ 80ミリ

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