第73回 振りかえる若者たち
8月30日号
 新宿高島屋は、JR新宿駅・南口からそのまま入れる2階がメインゲートです。入ってすぐ、2機のエスカレーターの間の踊り場的な空間を高島屋ではウエルカムゾーンとよんでいます。
その空間が、いきなり写真展の会場に変身しました。加賀まりこや藤純子(冨司純子)の大きな写真、唐十郎や美輪明宏のクローズアップの前で、「可愛い!」「かっこいい!」に混じって、「これ、だれだろう?」「えっ、若かったなあ」と話し合いながら見ていく人たち。スターと時代についてウンチクを語り始める人・・・。実は筆者の写真展「沸騰時代の肖像」PORTRAITS of THE60sが開かれているのです。
 安保条約反対闘争で幕が上がった60年代。ビートルズのデビュー、マリリンモンローの死。東京オリンピック。新幹線開通。所得倍増計画。中国では文化革命、パリでは五月革命。連続射殺魔事件などはいまと似ている気もします。映画は寺山修司脚本・篠田正浩監督「涙を獅子のたて髪に」主演は加賀まりこ。藤純子「緋牡丹博徒」。今村昌平監督「人間蒸発」・・・・。
 沸騰の時代を背負って、戦い、傷ついた若者たちは、人々の心を捉え、記憶に刻まれ、スターとなっていまも活躍している。・・・いや、すでに亡くなったスターも多い・・・。
 1昨年の暮れに東京神田小川町のオリンパスギャラリーで開かれ、北海道や大阪、前橋、滋賀などで展示されて、また東京に戻ってきました。
写真展の会場といっても人通りが絶えない通路でもあります。急いでいる人にとっては人だかりが邪魔です。しかし、さっさと行き過ぎようとしながら、写真が目に入るとつい引っかかって、後戻りして、熱心に見始める人もあります。どの写真も、団塊の世代の人にとっては懐かしい顔であり、自分の青春の記憶がスイッチ・オンする瞬間かも知れません。高島屋でもシニア層へのアピールを考えたのでしょう。
 確かにその通りですが、意外にも、写真を熱心に見、写真の前で語り合う若者たちが多いことに驚きます。大半はこの顔が誰だか解らない世代のはずなのですが、60年代ブームとかで、この時代について実に詳しい若者も多いのです。
 この夏の特別な出来事は、久しぶりにストライキとデモが起こったことではないでしょうか。まず漁師たち。農民たち。トラック業界も意思表示をしました。実に久しぶりのことです。
 60年70年代はまず学生でした。パリでも日本でも。その後の韓国でも中国でも。いま日本の学生は何を考えているのでしょう。仕事と金のことしか頭にないのでしょうか? 
写真の前の若者たちは「沸騰の時代」をあこがれているのかも知れない。時代に敏感な学生たちは、現代が「沸騰の時代」に似ていることを感じていて、まだ生まれてもいない50年前を、振りかえっているのだ、と思います。
新宿は地下鉄・副都心線が開通して、いっそう人の集まる町になりました。高島屋でも来客数が10%増えて、若い人も多くなったそうです。
今回は筆者の写真展を宣伝させていただきました。2階をごらんになったあとは、10階の美術画廊で同時開催の「Fairy-Land」−空・海・大地−展もぜひ見てください。

写真上 新宿高島屋2階・ウエルカムゾーンの写真展「沸騰時代の肖像」
写真下 階美術画廊では「Fairy-Land」−空・海・大地−が同時開催中(いずれも9月2日まで)

オリンパス E−520 ズイコーレジタル12−60ミリ

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