第64回 国産小麦と天然酵母のこんがりパンや繁盛記
3月25日号
 東京メトロ・有楽町線・要町駅からえびす通りへ。商店街の途中を左に折れる。大型車は通れない、細い曲がりくねった路地をすすむと、ベージュの壁の向こうに、真っ白の花を鈴なりにつけたモクレンの木。入り口の真ん中に「OPEN」の立て札。右の壁には『こんがりパンや』のピンクの看板。パンの絵がついている。典型的な東京の住宅地に出現した、可愛いくて華やかな空間だ。しかし、あくまで普通の住宅であって店舗の雰囲気はない。普通の住宅の普通の玄関までのアプローチは6、7歩。扉を開けると、普通の玄関の靴箱の位置に、パンの陳列棚と小さなレジ。チャイムが鳴って、売る方の普通の主婦が出てくる。買う方ももちろん普通の主婦の客だ。
 18年前、学校のPTAで知り合った4人の主婦が、パン教室へ通ううち、「家で焼いて売りましょうよ」と相談して、一人5千円づつ、計2万円を元手にパン屋さんを始めた。
「粉と袋を買ったら全部なくなってしまいました」と店主の山田和子さんは笑う。『こんがりパンや』と名づけて、国産小麦と天然酵母にこだわって出発した。毎朝2時に起きる生活が始まった。しかし、「家庭用のオーブンしかなくて、1度に食パン4斤しか焼けなかった。「自分の給料が出ないこともありました」。
 それでも1ヶ月ほどで少しずつ売れ始めた。1年後、キッチンを改造して小型のオーブンを入れ、2003年には12畳のリビングをつぶして、大型の、最新式のオーブンを据え付けた。創業の4人のうち2人は引っ越しで離れたが、一人は今もいっしょに働いている。現在、パートの主婦8名とともにシフトを組んでいる。
 1日の客は平均50人。食の安全や「身土不二」「地産地消」が、にわかに、声高に言われるようになって、「少しは先見の明があったんでしょうね(笑)。しかし、もともと主婦たちの食の安全についての意識は高かったんです」。それが、小さな店を18年間育ててきた秘密だろう。
 なぜ国産小麦なのか、聞いた。「まず味がいいこと。ポストハーベスト(輸送時など収穫後の農薬残留)の心配がないこと」と答えは明確だ。
 日本は世界でもパンが美味しい国だという。「美味しいパンは地方にたくさんあります。土地がなければ出来ない石釜で焼くパンです。ドイツの田舎にも石釜の最高のパンがありました」山田さんは、モクレンが占領している庭の方をにらむように見た。
 近い将来、こんがり「石釜パン」が焼き上がるか、見守ることにしよう。

写真 こんがりパンや店主 山田和子さん
手に持っているのは ル・ヴァンのカンパーニュ(1枚から欲しいだけ切り売りしている。10グラム13円)ほかにクロワッサン(プレーン)198円 カスタードクリームパン180円 米粉30%食パン380円など。豊島区要町1-39-4 tel:03-3957-4270 Fax:03-3974-8484 水・木曜定休

オリンパス E−3 ズイコーレジタル12−60ミリ

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