第63回 国立新美術館の冒険
3月10日号
 六本木の東京大学生産技術研究所のあと地に日本で5番目の国立美術館が誕生したのは、昨年1月でした。設計は同じ昨年の10月に急逝したあの黒川紀章氏です。館内にはポールボキューズのプロデュースによるレストランもオープンして、連日、美術よりもグルメ目当ての長蛇の列が出来ました。また、ミッドタウンのサントリー美術館、六本木ヒルズの森美術館と組んだ六本木アート。トライアングルという散歩コースが人気を集めました。
新美術館は普通の美術館と違い、収蔵作品を持たない、企画展を中心に展観するという出発でした。上野の東京都美術館もそうですが、いってみれば巨大な貸しホールに過ぎないわけです。しかし、新美術館は「新しい美術の動向を紹介することを活動方針として」いる(パンフレットより)といいますから、ただの貸しホールとは違う。
 2年目の今年3月、「現在の、そしてこれからの美術動向を独自の視点で切り取って、グループ展の形式で紹介する「アーティスト・ファイル」展を開催することになりました。(同パンフレットより)「新」と名付けた美術館の存在意義をしっかりアピールしているようです。
具体的にいえば、南雄介主任研究員を含めて7名の学芸員が、それぞれ世界中から新しい作家を推薦して持ち寄り、グループ展として構成したのです。画期的と言えます。なによりも世界中から今回は8名の新しいアーティストを選び出して「現在の、これからの美術」を紹介するという、大冒険に挑んだ勇気に脱帽したいと思います。
 しかし、素朴な疑問もわきます。 まず、どのような方法で8名の作家を見つけたのか。インターネットで世界の隅々まで瞬時に情報が行き交う時代とはいえ、です。見落としは仕方ないとして、選んだ基準は何か。「特にテーマや選考基準を設けず」とのことですが、では学芸員の好みだけなのか。実は、あらゆる選考の最後の決め手は常に好みだから、それで正しいと思うけれど、結局、学芸員(キューレター)の力量が試されるだけなのか? 学芸員とはいったい何者なのか? ミシュランの覆面調査みたなものですか? 8名の作品のほとんどがインスタレーションだがそのわけは? 毎度落語の熊さんみたいな疑問で恐縮ですが、そもそもアート(芸術)とは何か? エンタテインメントとアートの違いは? 艶歌歌手もオペラ歌手もアーチストというではないか?
サンフランシスコではビルの一隅には必ずギャラリーがあって、さすが文化都市だと感心したものですが、実は建築基準のような法律で、新しいビルにはギャラリースペースが義務付けられているとも聞きました。そのような画廊で売られているのは、アートというよりインテリア・デコレーショングッズです。そこでご隠居さん曰く、「熊さんよ。だまされちゃいけない。部屋に飾りたくないものが芸術だ。そのわけは、芸術は今日の状況を反映しているから、楽しくない、癒されない、それが芸術さ」えっ、アートは生活を豊かにするもんじゃないのですか?
『アーティスト・ファイル2008−現代の作家たち』に共通しているのは、「理由のない不安と怖れ」だと思いました。心に残るのは、部屋に飾って癒されない作品ばかり。とすれば、この根元的不安は、学芸員のなかに潜んでいることになります。

『アーティスト・ファイル2008−現代の作家たち』は国立新美術館 企画展示室2Eで開催中、5月6日まで(火曜休館・4月29日と5月6日は開館)当日券一般1,000円大学生500円 前売り券一般900円 大学生400円 高校生以下無料

写真上 国立新美術館
写真下左 自作の前のポルクセニ・パパペトルーさん(オーストラリア)
写真下右 イスも作品のうち 祐成政徳さん(日本)

オリンパスE−3 ズイコーデジタル12−60ミリ

close
mail ishiguro kenji