第59回 パナリ焼きの秘密
1月10日号
 ことしも、沖縄・八重山から新年のご挨拶をさせていただきます。
石垣市から高速フェリーで10分ほどの竹富島は、新婚旅行でも人気の島ですが、隆起サンゴ礁の島ですから、地下水脈というものがありません。水はすべて天水に頼るしかない。天水を貯めるには水がめが必要です。が、水がめを作ろうにも、島には土というものがない。サンゴのかけら、あのロマンチックな「星砂」を捏ねてみても、焼きあがる前にぼろぼろに崩れてしまう。われわれ素人にも分かります。
八重山のあよー(古謡)の「中筋ぬぬめば節」は、赤い水がめと引き替えに、愛しい娘を新城(あらぐすく)島の役人に差し出した中筋村の家族の悲しみを唄っています。
 また、容量2斗4升のパナリ焼きのかめは3人分の労働力と同じ価値の税として、行政府へ納めることが許されたといいます。
われわれが驚くのは、水がめがそれほどの貴重品だったこと、その前に、作れないはずのかめが、作られていたことです。現にパナリ焼きは、その素朴な美しい姿を、沖縄の美術館にいくつも収蔵されています。作り方が解らないまま。
この謎の焼物を、現代の陶工たちが、竹富の砂を使って挑戦しました。いくらやっても崩れてしまい、どうしても形にならない。
ところが、島に伝わる古謡「パナリ焼きあよー」が、製法の秘密を伝えているのではないかと、一時評判になりました。島で唯一の口承者といわれる、上勢頭同子さんがうたうあよーは、
  ピー三日干しさらし
  ピー五日干しさらし(ピーは太陽)
  赤土ばクナシー
  白土ばクナシー
クナシーは捏ねること。夜光貝またはカタツムリをつぶして星砂を固める。牛の血で捏ねるという説もある。さらに、
  土鍋ばスクリー
  泥鍋ばスクルー(作り)
枯がやしヤキスケ(がやしは茅)
  ヌハビ(弱火)ヤキスケ
焼き方もうたっています。
なるほど、製法の秘密を守るため、よそ者には容易に分からない唄に詠んで口承していったのか。よし、これで秘密は明かされた!と、あよーの通りにやってみた。
 しかし崩れて全くさまにならない。
 あよーは見事に裏切ったわけです。うたは暗号の入り口に過ぎず、盗む者をだまし迷わすために唄い継がれたのです。製法の秘密なぞ、簡単に教えてあげないよ、というわけです。
(この話をもの作りの人に伝えると、皆、にやりと笑います。)
現代は、ものを作り、ものを動かす人たちに厳しく、金だけを動かすファンドなどばかりが富を得、しかも金融システムの混乱を防ぐためなどと言って保護されてさえいるようです。
 しかし、いつまでもこんなことが続くはずはありません。時代はゆっくりとですが、転回しているような気がします。
 2008年が、みんなの希望の年になりますように。

写真 竹富島喜宝院蒐集館の庭で。このように美しく保存の良いパナリ焼きは珍しい。
オリンパスE−1 ズイコーデジタル14−54ミリ

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