第58回 サンタも憂鬱 ミシュラン騒動異聞
12月25日号
 鮨はあるけど、蕎麦も天ぷらもないのはなぜ?
 クイズにもならない。ミシュランの三つ星格付けを見て、作家のW氏は、「余計なお世話」と一刀両断。三つ星に鮨屋が2軒入っているが、「はっきり言って鮨は料理ではない」と切って捨てた。魚を薄く切ってシャリの上に載せるだけではないか、という。確かに鮨を握る人を料理人とは言わない。鮨職人である。そういえば、蕎麦も蕎麦打ちとは言うが、料理人とは言わない。天ぷらはなんというのか?
 日本料理の複雑で繊細な調理に較べれば、鮨は単純だが、そこがまた素材を生かす日本の食の神髄かも知れないとかばう気にもなるが・・・。しかし、三つ星に蕎麦も天ぷらもうどんも入っていないのは、日本の食をなんと心得るか、と大いに不満である。ちなみに二つ星にお蕎麦やさんも入っているが、いずれも蕎麦懐石風の、料理のあとでちょろりと蕎麦が出てくる店だ。蕎麦がつまみだとは、ふつうの日本人は思っていない。
 筆者は、今年の春から、週刊「読売ウイクリー」で、『満歩満食』というページを担当している。散歩でも万歩でもない満足の満歩、満腹でも飽食でもない満足の満食というのがテーマで、毎週、気の赴くままに歩き、満足のいく店を紹介している。原則2千円以下のランチだから、ミシュランとは全く無関係だが、グルメでもない筆者の「店を選ぶ基準」だけは、はっきり決めているつもりだ。基準はたった一つ、「味があとに残らないこと」。
甘い辛いは、個人の好みもあり、出身地が関西か東北かでも違う。そして、たとえば三つ星レストランの食事でもいやな人と食べれば果たして満足か。たとえ安いラーメン店でも恋人と食べればこれほど美味しいものはない、いや、味などどうでも良い、そういう世界を書きたくて始めた連載である。いみじくも複数のシェフが「新鮮ないい材料を使えば、味は残りません」と断言した。もちろんミシュランが選んだ店で、あと味の悪い料理など出るわけがないが、今回の格付けそものに、あと味の悪さが残る、ということか。
さて、『満歩満食』では、クリスマス菓子を取り上げることになり、かねて目を付けていた手作りのドイツ菓子の店へ出かけて、取材をお願いした。ところが「今回だけは」と断られた。理由はこうだ。雑誌に載ると電話が鳴りやまない。それはうれしい悲鳴でもあるが、今年は事情が違う。売るべきケーキがない。すでに予約すらこなせない状態だ。人手の問題ではない。材料の粉が値上がりしたが、買えないわけではない。しかし、バターがない。作りたくても作れない。雑誌に載って電話が鳴ってもすべてお断りしなければならない。雑誌の方にもクレームが行くだろう、というのである。
 小さな手作りのケーキ屋さんは、どこも同じらしい。大手もぎりぎりだという。粉も、特にスパゲッテイのデュラム小麦は極端に品不足で、春前には5割値上げという。
食品の偽装のあとは値上げではたまらない。しかも、原因はファンドによる先物買いだと言うから許せない気がする。

写真 値上げラッシュだが、労賃は上がらない。サンタもぐったりだ。(銀座にて)

オリンパスE−3 ズイコーデジタル12−60ミリ

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