第54回 緒形拳ひとり5役を演じる
10月25日号
ひとり舞台「白野」の稽古中の緒形さんを訪ねたとき、いきなり「カントク」の話になった。カントクといえば、今村昌平監督のことに決まっている。緒形さんは、今まで仕事をした中でもっとも敬愛する監督だと、かねがね言っていたが、ここでも同じ事を繰り返すのだった。察するに、〈尊敬〉する監督は他にもおられるが、人間的な魅力がいっぱいの今村さんには〈敬愛〉の語がふさわしいということだと思う。
緒形さんに初めて会ったのは、「復讐するは我にあり」(1979年)のポスターの撮影のときだった。松竹の東劇にあったスタジオで、緒形さんが演じるのは女性を次々犯して殺す殺人鬼の役だったから、ヌードモデルを背景においての撮影だったことを思い出す。
緒形さんが、今村監督に初めて会ったのはこの映画のときだという。出演が決まって、ほんの5分ほどの挨拶の予定が、2時間以上も話し合ってしまった。今村さんが辰巳柳太郎さんをとても評価していることを知って、辰巳先生を尊敬し、かつて付き人まで勤めた緒形さんがわが意を得たりと時間を忘れたことは想像がつく。
緒形拳は、「国定忠治」「白野弁十郎」などの舞台を見て、高校卒業後、1958年、「新国劇」へ入団し、あこがれの辰巳、島田正吾の両師に師事した。その後の緒形青年の歩みは次回に譲るとして、ここでは10月31日より渋谷Bnkamuraで再演されるひとり舞台「白野」を急いでご紹介したい。
「白野」は、エドモンド・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」を新国劇の創始者澤田正二郎などがひとり芝居に翻案し、自ら演じ、島田正吾に引き継がれた劇団の伝説的な財産演目である。劇団・新国劇も今はなく(1987年に解散した)、それだけに緒方さんは思い入れも強いのだろう。今度のBnkamura公演では、ミュージアム内に作った特設舞台に、自ら「青蛙堂SeiaDou 」と名づけた。新国劇のシンボルマークが柳に蛙だったから、そして自分はまだ青二才なので青をつけたという。
「白野」は、容姿の醜い(と思っている)男が、初恋の人に告白も出来ず、かえって恋敵のでくの坊の美青年に恋を取り持つ羽目になってしまうが、片恋のまま、生涯、男の純情を貫くつらい悲しい話である。馬鹿げた昔話だと思いつつ、自分もモテない男の一人として、いつの間にか感情移入してしまう。モテたいがモテない男の切なさが、美学の高みに達する、そういう芝居を、緒形さんはひとり5役で演じる。
 

写真 Bnkamuraの稽古場で。
緒形拳ひとり舞台「白野」は、渋谷Bnkamuraのザ・ミュージアム内の特設小劇場【青蛙堂】SeiaDou で、10月31日より11月4日まで。全席6,500円
オリンパスE−510 ズイコーデジタル14−42ミリ  

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