第53回 東は東、西は西
10月10日号
 日帰りで大阪へ行った。朝6時台の〈のぞみ〉に乗れば、大阪は9時前、通勤ラッシュにぶつかる。地下鉄のつり革につかまって、同行の代理店のS氏がしきりにおかしいと首を傾げている。大阪の電車は窓が金網で覆われていると聞いてきたが、その金網がない、と言うのである。最近大阪では、電車の乗降口が混んでくると窓から出入りする人が多いので、危険だから金網を張ることになったと聞いてきた。
   東京生まれ東京育ちのU氏はジョークを真に受けたのか、からかわれたのか。
 ジョークとしてなら、「ドアでのうても、出入りできればええノンと違いまっか」という、実質的で個性的な浪花風を評したのか。
  満員の地下鉄の中で、笑いをかみ殺している僕たちが、握っているつり革には、「便秘に浣腸」のコマーシャル。乗客の頭の上をずらりと「便秘に浣腸」が並んでいる。「毎朝、便秘なんですかねえ?」とU氏はなじめないようすである。
  地下鉄を降りて、エスカレーターに向かう。おや、どうもおかしい。東京では左に寄って立ち、急ぎの人または元気のいい人は右側を登っていく。大阪は逆なのである。たかが右左の違いというなかれ。われわれがアメリカやヨーロッパへ行ってまずとまどうのは車が左から来ることだ。危険というだけではない。欧米と日本の習慣の違い、大げさにいえば文化の違い、思考の違いをいきなり思い知らされるのである。
   そう考えると、大阪は東京からいえば日本ではない、欧米である。以前よく一緒に仕事をした大阪出身のデザイナーが「大阪人は日本人というよりイタリア人に近い」と言っていたことを思い出した。現実的で明るい。よく食べよく遊びよく恋をして、人生は楽しむことにあると考えている。そう言いたかったのだろう。
   ランチのあとコーヒーを飲む。東京のビジネスマンのU氏は毎日の習慣に従って、カフェ、喫茶店を探した。仕事先は商社などのビルが並ぶビジネス街であり、ランチタイムはどこのコーヒー店も込み合うはずだがそういう店が、ない。焼肉店の看板にコーヒーつき、と出ている程度である。どうやら大阪人は珈琲を飲まないらしい、大阪で珈琲を飲んでいるのは東京からの出張族だけなんだよ、と言ってみたら、U氏は納得した。
   仕事のあと、帰りのチケットの時間まで心斎橋筋を歩いた。戎橋は改築工事中だ。タイガースが優勝しても、もう飛び込むことが出来ないような作りらしい。ドンキホーテの奇怪な楕円形観覧車「えびすタワー」が出来たが、グリコネオンも健在である。残念なのは、橋のたもとのキリンプラザがこの10月に解体され跡地が売却されるらしいことである。建築家高松伸氏の代表作で、1,2階は地ビールの工場、4階のギャラリーは現代美術の紹介で有名だった。ピルスナーを1杯。道頓堀リバーウオークの川風、ではない堀風に当たりながら、思った。「大阪人から見た東京人は何人に見るのだろう? 」
 

(右上)道頓堀リーバーウオーク 前方は戎橋
(左上)戎橋は現在工事中
(右下)エスカレーターは左を開ける( 地下鉄新大阪駅で)
(左下)ドンキホーテのえびすタワー

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