第40回 グローバリズムの網の目から逃れる道を探す(鶴見俊輔) 映画[9.11−8.15日本心中]
3月10日号
 この映画をわずかなスペースで書くことは無理なことだ。いまぼくは途方に暮れて、自分の無謀な試みに後悔している。あらすじの紹介さえおぼつかないが、わずかな感想だけでも書くことにする。
大浦信行監督は、前作「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。」の公開2日後に、この映画の撮影に取りかかっている。美術・文芸評論家で、今年82才になる針生さんは、1954年、東京大学大学院美学科卒。学生の時は「日本浪漫派」の影響を受けたが、戦後転向し、1953年共産党入党。しかし1962年安保闘争の時に指導部を批判して除名された。文字どうり日本を丸ごと抱え込んだ存在だ。「その発言は、今日まで一貫して言論界に強い影響を及ぼし、特に若い芸術家の思想的支柱」(パンフレットより)となっている。
 映画はその針生さんが、哲学者の鵜飼哲さん、美術評論家の椹木野衣さん、哲学者の鶴見俊輔さん、詩人の金芝河さんなどと語り合う「〈政治と芸術の前衛〉の意味を再検証する旅」に出る。9・11同時多発攻撃を機に、終戦の8・15へさかのぼって、現代日本の有り様を見つめ直そうという困難な旅である。
 後半もう一人の旅人が登場する。美しい女性である。彼女は語る。「私の名前は、重信メイ(命)。レバノンで生まれました。母は、パレスチナ民俗解放のために戦った、日本赤軍のリーダー、国際テロリストと呼ばれた重信房子。父はパレスチナの闘志で、イスラエルとの闘争の中で暗殺されました。私の出生はどこにも届けられず、28年間、国籍もなかったのです」  韓国の詩人、金芝河さんを訪ねた重信さんは、パレスチナの自爆テロに関して、おずおずと、しかし、しっかり話す。「インティファーダ(民族蜂起)で石を投げる人は、撃たれるかも知れない。しかしその死によって、周りの人たちに希望が生まれるという考えなんです」「ラジカルという言葉は〈過激な〉の中に〈根元的な〉という意味が隠されている。さらにその底には〈死の欲望〉へと向かう情動が密かに横たわっています」。
 金芝河さんは、1972年学生の蜂起を指導したとして逮捕、死刑を宣告されたが、世界中の文化人の助命運動によって、1980年刑執行停止で釈放された。
 重信さんを迎え、8年の間の激しい拷問で痛む体と心を起こして、金さんは、分断されたパレスチナとイスラエルに、南北に別れた朝鮮半島を重ねて、 「文明と文明、国と国、キリスト教とイスラム教の対立の中で、互いに和解への道へと向かうことは出来ないのだろうか? 私は出来ると思います。それは不思議なことに、私がテロリストといわれていた20代の時『和解できる』と直感的に思ったんです」と語り始める。
「映像の荒野を彷徨う旅人たちは、グローバリズムの網の目から逃れる道を探す。かって、このような映画が存在しただろうか」(鶴見俊輔氏)。好き嫌いや面白いかどうかのレベルではない。難しい論文映画に墜ちるところを、撮影の辻智彦さんが詩的な映像に表現している。

写真 針生一郎さん(左)と大浦信行監督。ポレポレ東中野でのトークショーの後で。 3月25日まで毎日トークショーがある。日替わりで針生さんのほか、重信メイ、大野慶人、土井たか子、足立正生、若松孝二などの諸氏。詳しくはtel:03-3371-0088まで。
オリンパスEー330 ズイコーデジタル24−54ミリ

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