第33回 人間の写真を撮ろう! 写真の撮り方、撮られ方、さまざま。
11月25日号
1時不振だったデジカメが、 今年は売れ行き好調だという。買い換え需要もあるらしいが、カメラ付き携帯電話から1歩前進して、写真を始めようとする人が増えたとすれば、僕たち写真界のものにとっても大歓迎である。デジタル写真に慣れて、仕上がりの満足度も充分。だんだん熱が入ってきたのだろう。
 ところで、ハイ・アマチュアの方に言いたいことがある。ずいぶん前から疑問に思っていたのだが、ほとんどの方が、風景や年中行事の取材に終始して、人間を被写体にしないことである。初心のころは家族写真。しかしハイ・アマチュアともなれば、人を撮るのはせいぜいイベントの時の記念撮影だけ。モデル撮影もあるが、人間の存在にフォーカスを合わせた写真がない。アマチュアだけではない、プロも、戦争や事件、つまり社会的な事象の後追いに忙しく、そうでなければ、風景や動物に逃げている。広告のモデル撮影は、人間の写真とはほど遠い。(スポーツ写真は期せずして人間に近づいているのかも知れないが。)
 いま、人間から逃げていると書いたが、書きすぎだとは思わない。文学であれ、映画、演劇など、すべてのアートのテーマは人間なのである。写真だけが、人間ではなく、暢気に猫の写真など撮っている。なんだかカメラマンの一人として情けなくなってしまいます。
 みなさん、大いに人間写真に挑戦しましょう。というわけで、今回は人間写真の撮り方、撮られ方を考えてみよう。まず、決して肩書きなどを重視する〈人物写真〉ではないことを肝に銘じてください。3人の作家と俳優の写真の撮られ方を参考に。いずれも著名で、個性的なスーパースターです。
 五木さんは、写真に対して非常にうるさい。できあがった写真をチェックして、それがどんなイメージを読者に伝えることになるか、点検される。いわば自分のイメージ管理をきっちりなさる。写真映像が作家のイメージを創っていくことをご存じなので、カメラマンとしては撮りがいがあり、うれしいと同時に緊張もする。その緊張が良い。
野坂さんはほとんど逆で、撮影に応じると決めたら、おまえに任せる、どうにでも撮れ、という感じだ。この写真の時は、ご自宅の和室に即席のスタジオを設営して、お酒を飲んでいただいた。そしてカメラマンのいうとおり、最後まで、酔っぱらった格好をしていただいた。カメラに身をさらして、見事だった。
 小沢さんは、撮られると言うより撮らせる方だ。演じる、ということでは俳優でもあり徹底している。さあ、ここを撮れ、早くシャッターを切れ! と言葉ではなくカメラマンを触発していく。大阪での撮影の時、小沢さんは座布団を紙袋に詰めて現れた。高座にのぼる心意気をみせてくださった、と思った。写真館の息子で、自身、写真を撮る人でもあり、人間写真は撮るより撮られる方が難しいし、大変なんだよ、と背中でおっしゃっていた。

写真上左・小沢昭一氏、大阪で。ニコンSP ニッコール50ミリF1.4 上中央・五木寛之氏。神戸埠頭の工事現場で。オリンパスM−1・50ミリ F1.4 上右・野坂昭如氏、自宅特設スタジオで。ミノルタオートコード・75ミリF3.5。いずれも写真集より。
写真下・写真集「沸騰時代の肖像ーPortraits of the 60s」(文遊社刊・¥3、800円)
写真展「若き獅子たちよ!−沸騰時代の肖像より−」はオリンパス・ギャラリー(tel03-3292-1934)   で11月30日より12月6日まで(日曜休)。

close
mail ishiguro kenji