第17回 春を待ちながら・・・桜餅の香り
3月10日号
 今年の桜は早い、と予報のあった日、東京は冷たい雨が降り、夕方には雪に変わると思うほどに冷え込んだ。
 春はまだ遠いのか。
 桜がまだなら、一足お先に桜餅を! などとしゃれたつもりで、向島の長命寺を訪ねた。
地下鉄銀座線を浅草でおりて、川沿いの遊歩道を行く。川風がしみるほど冷たい。桜並木もまだ黒々としたたたずまいだ。が、わずかに芽吹きの準備も感じられるのは気のせいだろうか。 
 桜橋を渡ればすぐに「長命寺桜もち」の店だ。昔は長命寺の門前だったというが、いまは、横門の位置にあたる。店内はイス席が2つ、赤もうせんの席が3つ。売り場は2メートルに満たないカウンターで、予約の客が引きも切らない。
熱いお茶でほっと一息。杉箱に入った餅を葉ごといただくと、櫻葉の香りと強めの塩味がほの甘いアンをもりたて、ひきしめ、響きあって、うまい。たべたあとは口に残らない。切れが良いのが見事だ。
場所と商品をそのまま店名にしている「長命寺桜もち」は、約250年前の享保2年に、山本新六という人が、慰み半分に土手の桜の落ち葉を集めて醤油樽で塩漬けにしておき、餅を包んで売り始めたのが始まりだという。しだいに向島の名物となり、110年前の文政7年には1年間の桜葉の漬け込みが31樽、1樽におよそ2万5千枚というから合計77万枚を越えた。餅一つに2枚使うとして、年間38万個以上の餅が売れたことになる。とんでもないベストセラー商品だったわけだ。
 当主山本幸生氏夫人の祐子さんに話を聞くことが出来た。「桜の葉は塩漬けにすると初めて香りが出てきます。いまは伊豆の大島桜の葉を使っています」複数の小麦粉をブレンドして作った餅(平という)、北海道産の小豆、そのほか使うのは砂糖と水だけだという。製法は昔から12代のいままでほとんど変わっていないようだ。「餅が隠れた方が乾かないので、うちでは餅1つに2、3枚を使っています。堅くならないように出来ないのかと問われることもありますが、添加物を使わないので無理なんです」そのため賞味期限はたった1日。販売は本店のみで、支店売店は置かない主義だ。
「作ってから3時間目が1番おいしいんです。桜葉の香りと塩気が餅に程良くしみていますから、葉をとって、召し上がってください」
えっ、と驚いた。たったいま葉の香りと塩気のハーモニーを味合ったばかりではないか。
「葉をとるんですか? でもこの葉を捨てる気にはなりませんね。そう、おむすびを包むとか、刻んでお茶漬けの供にするとか・・・」
 祐子さんは苦笑いである。
 作る方がこだわりなら、食べる方もこだわらなければいけない。家で、いろいろ試してみた。結果はこまかく刻んだものを朝粥のトッピングにするのが最高でした。

「長命寺桜もち」は箱詰め6個入り1,200円から。開店は9時から18時までだが、食べごろが大事なので、ぜひご予約を、とのことである。月曜休み、電話03-3622-3266

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