第4回 ニューヨークの長い行列
8月25日号
 ニューヨークの5番街・53丁目に長い行列が出来ている。人波で入り口をふさがれたアメリカン・フォークアート美術館の、コーヒーショップの青年に、何か特別のイベントがあるのかときくと、
「別に。隣は1年中いつでもこうさ」
と首をすくめた。隣はニューヨーク近代美術館(MoMA)である。
 このあたりは東京でいえば銀座4丁目、いわゆる路線価の全国で1番高い場所である。マンハッタンは世田谷区くらいの広さといわれるが、中でも超とびきりの場所だ。
 翌日、世界中からの客に混じって行列に並んだ。驚いたことに、MoMAの横におよそ300坪の空き地があって、柵を巡らせ行列を折り畳んでいる。この土地が行列のために確保したものか、偶然の空き地を利用しているのかは分からない。
 30分ほど待ってようやく入場する。MoMAはリニューアルのため長い間クイーンズに引っ越していたが、昨年11月、高層ビルとなって再オープンした。小学校の校庭ほどの彫刻の庭と、地下2階から6階までが美術館スペースで、館内のデザインは日本人の谷口吉生氏の格調高い設計、とガイドブックを読んで何となく得意の気分になる。
 5階の絵画・彫刻の展示室へ入る。セザンヌ、ゴッホ、ピカソ、モンドリアン、ダリ、ジャコメッティなど巨匠の作品が一度に目を襲う。どれも1点数億円以上のものばかり。一渡り見渡せば何百億円の目の保養というわけである。さすがアメリカの実力を思い知らされたものだ。
しかし、いかにも金満コレクションに過ぎる、新しい芸術はMoMAにはない、現代のアートシーンを生み出しているのは、ソーホーやチェルシー、さらにはブルックリンのギャラリーだという人もいる。そう言われれば、確かにMoMAは権威主義で古い。過去の遺産ばかりじゃないか、と贅沢な不満も出る。 ところが・・・、
 MoMAは最近ブルックリンに学校の校舎を利用したP.S.1コンテンポラリーアートセンターを作った。若い新しい無名のアーチストのためのギャラリーである。
 ただの金満ではない。金の卵を産むための投資ではあるが、このあたりがアメリカのすごさのような気がする。

75周年を迎えたニューヨーク近代美術館。ジャスパー・ジョーンズの絵の前で記念撮影するものもいた。
オリンパスE-300 ズイコーデジタル14‐54ミリ

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