第4回 人はなぜ写真を撮るのか? スマホカメラというペットを連れて・・・
5月号
渋谷ハチ公前交差点で

  前回の夢のつづき。
 美術館の壁の前で、かぎ鼻の修道僧が演説をはじめ、激しく貪欲淫乱の世相を糾弾し、清廉清貧を訴えて、「虚栄の焼却を!」と叫ぶ。
 民衆が続々と集まり、傲慢強欲の教皇をののしりながら、古今の名作・駄作を壁から引きはがして火をつけた。さらにメディチ家から奪った金銀宝石、家具骨董を火に放り込む。ひときわ華麗な「ヴィーナスの誕生」を投げ込んでいるのは、ボッティチェリだ。
 火が最高に燃えさかったとき、民衆は、突然、あのかぎ鼻の修道僧を炎の上に吊す。
 どよめきと歓声を背に、着飾った教皇がすっと消えた。宝石をちりばめた純白の法衣を翻して。――その一部始終をひたすら見つめ、撮影しているカメラマンがいる。

 夢から覚めて・・・・
 まず名前を決めて、整理をしなければならない。紛らわしい写真の情況のことだ。なにしろ1日に1兆回のカシャだから、たいへんだが1つ1つ撮影の動機、目的、何をどう撮ったかをたずねて、クリアにしていこう。
 すでに窓派と鏡派については紹介した。自身の内部の声を写す鏡派は、1兆回のうち10万回ぐらいだろうか。社会の状況を撮る窓派は、10倍の100万回か。ファッションやコマーシャル写真、カタログなどの商品を撮るカシャは1千万回か。七五三や卒業式、結婚式なども同じくらいか。
 とすると残りの1日9999億7890万回は誰が何処でどのようにカシャしているのだろう。

 4月28日から5月6日まで、渋谷ヒカリエで「東京カメラ部2017写真展」が開かれる。フエースブックなどで写真の投稿サイトを運営している東京カメラ部が、昨年1年間に投稿された約190万の作品の中から、10点を選んだ、その発表展である。(2012年展からの作品その他を加えて、1200点を展示するというから、世界に類のない空前の大写真展だ。)
 190万から10点を選ぶのは至難の業に思える。超人的審査員は誰か? 答えは簡単明瞭。投稿サイトを「ご覧になった延べ約4億5千万の人が〈いいね!〉、コメント、シェアをした結果、選ばれた10作品」で、それらは「日本に住んでいる人が、見たかった、好きだった写真」である。(webサイト運営代表者)
 それらの写真は、湖面に映る逆さ富士だったり、ピンクのボケを背景に真っ赤な紅葉、雪景色の中を走る列車、東山魁夷風の湖畔の情景などである。誰にも文句を言わせない、日本人固有の、4億4千万の美意識が審査員だった!
 東京カメラ部の分室サイトは3つ、「NEKOくらぶ」「花の写真館」「おいしい写真教室」である。猫と花と料理。これにトンボと蝶、さらに自撮りを加えれば、これが9999億7890万回の中身のすべてだろう。
 アマチュアリズムが支えてきた日本の写真は、ホビー化し、スマホカメラというペットを手に入れた。いつもペットを連れ歩き、マーキングかスタンプラリーか、自撮りのコレクションか、カシャは今日もうなりを上げている。
 現実は厳しい。

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